ひぐらしのなく頃に 神落し編
2006/09/09_010149羽入2
木の枝のうえに登った梨花の様子が突然変わる。急に立ち上がると、足元から崩れるように倒れ込む。僕はハッとなって救いにいこうとするけど、当然のように触ることもできず……梨花は頭から地面に落ちる。嫌な鈍い音があたりに響く。
心配のあまり、つい声が漏れる。梨花も気付いたらしく、僕を睨み付ける。
「……羽入………?……いたた………。これは一体、……何事なの……?」
遠くから、魅音や圭一たちの心配する呼び声が聞こえる。
「ぁぅあぅ……、梨花はみんなと遊んでて、崖から転げ落ちたのです。だ、大丈夫なのですか……?」
梨花は僕を睨んだまま言葉を続ける。
「羽入、……そんなことはどうでもいいわ。今日はいつ? 昭和何年の何月何日?」
梨花が戻って来る日は……今日だったのか。ようやっと、という思いとともに、慌てて今日の日付を思い出す。
「…………えっとえっと、……、……昭和58年6月なのです。綿流しのお祭りが今度の日曜なのですから……えっとえっと……、」
梨花が言葉をさえぎる。
「何てこと……。それしか猶予がないってわけ……」
その言葉が心に突き刺さる。僕は全てのコインを賭けたのに……すまない気持ちで一杯になりながらも、僕は言葉を絞り出す。
「……僕たちの力も、これが精一杯なのです……」
梨花は僕から目を離すと、静かに呟いた。
「私がまた昭和58年の6月にいるということは、……そうか。また私は殺されたのか」
そういうと、梨花は記憶の中に沈んでいく。僕は何もいわず、梨花が戻って来るのを待つ。
フッと梨花が視線を上げるのに反応すると、その先には梨花の大切な仲間たちが駆け付けてくるのが見える。
しかし、何かおかしい。みんな、何も言わずに梨花の回りで立ち止まる。レナ、魅音、詩音、圭一。ただ、沙都子だけは立ち止まらず……梨花に抱き付いた。
「……?? 大丈夫なのですよ。頭にタンコブができただけなのですよ」
でも、沙都子は離さない。瞳に涙をためながら、より一層強く梨花を抱き締める。沙都子だけではなく、魅音と詩音も優しく二人を抱き締める。
何かがおかしい。圭一が満面の笑みを浮かべながら囁く。
「おう、無事だったか? ……あんまり無事でもなさそうだな」
「……そう思うのなら助けて欲しいのです……」
しかし、沙都子と魅音は離さない……詩音も離さない。もう少しだけ強く抱きしめると、三人は言った。
「……でも、もう少しこのまま抱き締めさせてほしいのですのよ!」
「……そうだね。梨花がこんなに重たいものを背負っているなんて思わなかった。ごめんね。気付かなくて」
「ですよね……私たちなんかのとは比べものにならないくらい重たいものが……この小さい背中に乗っかっていたんですね」
何かがおかしい。レナと圭一はその輪に加わらずに立ち止まっていた。不意に体の向きを変える。
……梨花の方ではなく、僕の方を向きながら。
レナが僕に向って手を差し出しながら、僕の瞳を見ながら、僕に対して語り掛ける。
「そう、あなたが信じてくれたから……奇跡が起きた」
「でも、これが最後の奇跡じゃないぜ!!」
圭一がレナの横に立ち、レナの手に重ねるようにして自分の手を差し出す。
「……そう、奇跡なんて、とても簡単なものなんだよ」
いつのまにか魅音もレナの横に立ち、同じように自分の手を差し出す。
「……あなたも信じているんでございましょう? わたくしたち仲間を」
沙都子が輪に加わり、4つ目の手を重ねる。
「私たちは独りだと弱くて脆いけど……みんなの手が重なれば、奇跡が起きる」
詩音の手が、さらに重なる。
何かがおかしい。信じることができない。
目の前の光景を疑いたくなる……僕がわかるはずがない、さっきまでずっとそうだったじゃないか……心が締め付けられる……今回もそのはずだ、と疑いたくなる……全てが軽くなる……いや……
疑いたく……ない……
……最後に、梨花が沙都子の横に立つ。顔を涙でくしゃくしゃにしながら、仲間の手に自分の手を重ねながら、力強く言う。
「信じられないけど……いや、信じる。私達は奇跡の世界を手に入れたんだわ。奇跡は起きる……!!」
奇跡。僕の望んでいた世界。
仲間たちの顔を覗き込む。早くしなよ。そう語りかけているような気がした。
うまく腕が上がらない。痺れるような陶酔感と……恐怖。希望は両刃の剣。強く望めば望むほど、失ったときの絶望は大きい。でも、今回は決めたんだ。信じる。
指先が軽く触れる。ついに……7つ目の手が重なる。
すっ、とレナの手が伸び、僕の手を握る。力強く。ぐん、と体が引かれると、僕の体はレナの胸に飛び込んだ。暖かい……僕を囲うようにみんなが僕を抱きしめる。もう、がまんできなかった。
僕は赤子のように泣き出した。大きな声を上げて、大きく息を吸って。
それは、僕の産声だった。