ひぐらしのなく頃に 神落し編
2006/09/12_000257羽入3
「どうだい、落ち着いたか?」
圭一が無神経にそう言う。僕は泣くのを止めたが、まだ、ぼぅっとして、フワフワと宙にいるかのように浮かれている。今にも浮き上がりそうな体を、レナがギュッと抱きしめて支えていた。
「そろそろ本題にいかないとね」レナの向こう隣に腰かけた魅音が、静かにそう言った。
「ですわね……勝負に負けたばかりですのですから、しっかり研究しないといけないのですわ」
沙都子が苦虫を噛み潰したような顏をしている。あと一歩のところで負けたのが悔しいのだろうか……。負けた原因を作った僕も、悔しく思うとともに申し訳無く感じる。
レナは僕を離すと、すぐ後ろの岩の、魅音の横に腰掛けるよう促す。僕が座ると、僕の横に並んでレナが腰掛ける。
「……今回も負けちゃったわ」梨花が力無くつぶやく。
「くよくよすんな。罰ゲームは終わったしな。次は負けないぜ!」
「そうよね、圭ちゃん!!」
圭一と詩音は互いの右腕を組み合わせる。
「……そうね」梨花は組み合った圭一と沙都子の右腕に、自分の右腕を当てる。
圭一と詩音は組んだ腕を崩すと、僕の前にやってくる。気付くと、僕の右腕を魅音が、左腕をレナがつかんで、手のひらが上になるようにして前に差し出していた。
「やぁー」バチン「はいっ」パチン。
手のひらに、じんわりとした暖かい痛みが広がる。
僕も合わせて、バンザイした沙都子の両手をバチンと叩く。
圭一も笑う、詩音も笑う。レナも、魅音も、沙都子も……梨花も笑う。
もう、僕は手放したくなかった。
「みんな、前にボクが話したことは覚えてる?」梨花が言う。
「……ああ、だいたいな。」
「『雛見沢症候群』かな……かな?」
「あと、『東京』とかね」
「結局、監督じゃなくて、鷹野さん、だったのですわね」
「そうだね。監督と『東京』はうまく折り合いがついていたんだね」
「『東京』は今、派閥争いで分裂しているのです」
「鷹野さんがあんなことを企んでいたなんて……おじさん、すっかり騙されたよ」
「『山狗』とかいう暗殺部隊もやっかいだな」
「みんなを鬼にするために梨花を殺すだなんて……冗談じゃないのですわよ!!」
「……まずは状況整理しません?」詩音が静かに話す。
「じゃあ、おじさんがやろう」
魅音がどこからか持ってきたカバンからとても大きなノートを取り出し、地面に広げる。みんながノートを中心に輪をつくる。
魅音は淡々と語りながらキーワードを書き込んでいく。みんなが魅音に突っ込みを入れる。言葉が言葉を生み、ノートのキーワードが更なるキーワードを生み出す。僕も、自力で調べたことを残らず並べ立てる。みんなは驚いて目を丸くしたが、それでも魅音は手をとめずにキーワードを書き込んでいく。魅音は言葉の勢いを殺さないように、しかし流れが大きく遺脱しないように、巧みに雰囲気をコントロールする…………魅音のシャーペンがものすごいスピードで走り、ノートの中に丸と線の蜘蛛の巣が顕れてくる。蜘蛛の巣はどこまでも大きくなろうとしたが……やがて、あるところでその成長は止まった。
ふう、と魅音が一息つき、顔を上げる。みんなはもう言葉を発さず、静かに頷く。
「それじゃ、まとめよう」
魅音はそういうと、カバンからもう一冊ノートを取り出し、新しいページを開く。そしてノートの中心に『雛見沢』と書き込み、大きな○で囲う。
みんなの話のスピードは落ちるが、濃度が格段に高まる。魅音は慎重にキーワードを選びながら……時には最初のノートにキーワードを追加しながら……ノートに書き込んでいく。
まずは雛見沢。この話の核心。
雛見沢には『雛見沢症候群』と呼ばれるものが存在する。これこそが雛見沢を他の地域と区別する大きな要因。いわゆる『オヤシロさまの祟り』と呼ばれる、感染者を発狂死まで追い込むことのあるホームシックの原因。人を鬼に変える雛見沢の闇。戦中に戦地で何件か発生した異常事件の分析により発見されたが、このことを知るのは一部……発見した研究者と『東京』の関係者だけだ。雛見沢にもオヤシロさまの教義として『雛見沢症候群』の存在が暗示されるが、それを理解する人は少ない。
『雛見沢症候群』には二種類存在する。一つは村人が感染している普通のものであり、もう一つは女王と呼ばれる唯一のもの。女王は代々古手家が務める。女子を産むと、女王はその子に代替わりするという。現在は梨花ちゃんが女王を務める。
そして……女王が死ぬと、感染者……雛見沢の住民……が鬼の本性を顕す、と言われている。
「これはちょっと否定したい気分なのですわ」
「わが故郷にこんな秘密があるなんてねぇ……気付きませんでした」
「詩音だって、ホームシックにかかって学校から逃げ出したんじゃないか……葛西さんがおじさんに言ってたよ」
「そ、そんなことありません」
詩音が顔を真っ赤にして魅音と脇腹を突つきあう。みんながニコニコしながらその様子をながめている。
「どおりでなぁ……ここに来てからトンでもないことばかりだからなぁ。トラップは喰らうわ、罰ゲームは喰らうわ、光速のパンチにKO喰らうわ……」
「でも、圭一くんの口先の魔術には誰も敵わないんじゃないかな、かな?」
もう一つ、お互いを突つきあうグループができる。
『雛見沢症候群』をもう少し整理する…………今回の話に関係しそうな特徴は3つ。
一つめはその毒性。『雛見沢症候群』が発症すると、感染者は強度の疑心暗鬼に囚われる。また、性格が凶暴化して攻撃性が高まることも多い。この症状は戦中……出征中に何度か発生したらしい。しかし、『雛見沢症候群』の毒性は年々弱く──人間との共生関係に適応するようになっており、日常生活で症状が顕在化することはほとんどない。人の移動が激しい現在に『雛見沢症候群』が問題にならないのは、発症する事例が少ないからだろう。入江機関の当初の目標として、毒性の調整、というのもあったかもしれない。
二つめは検知の困難さ。入江は膨大な費用と人材を使い──非人道的な生体標本の解剖分析まで行って──ようやっと『雛見沢症候群』の病原体を捉えた。また、宿主が死亡すると『雛見沢症候群』も検出不可能になるという特徴が、検知をさらに困難にしている。
最後は……『雛見沢症候群』の持つ感染力。その力は強力で、村人のほとんどが感染しているという。引っ越してきたばかりの圭一も例外でない。なぜか雛見沢周辺しか感染例は無いようだったが……。女王が何か関連しているのかも知れないが、これは判らない。小さめの『?』をつけて、そこはそのままにしておく。
…………これらの『雛見沢症候群』の特徴は、テロリズムを行うのに都合の良い側面がある。もし、ある組織の首脳部に蔓延させることができたら……『雛見沢症候群』の持つ毒性──疑心暗鬼の増長──と、その感染力により、組織は直ちに破綻するだろう。仲間を信頼できない組織は……とても脆弱だ。そして、壊滅した組織から『雛見沢症候群』を見付けることはできない。確かに喉を掻き毟った死体の残る『雛見沢症候群』のままでは、兵器として運用するのは難しいかもしれない……しかし、もし……もし発狂死まではいたらない程度まで毒性を落とせたら……症状を疑心暗鬼の部分に抑えることができたら……。その、核をも越える威力に、みんなが慄然とする。
しかし、後述するが、『東京』はこの価値に気付いていないようだった……これは本当に幸いだ。
「『雛見沢症候群』……そういえば、女王の梨花は毎回毎回かならず死んでしまうみたいなのですが、その後はどうなってしまうのですこと?」
沙都子の、多分、僕と梨花に向けた問い掛け。その一言に、なぜか魅音が反応する……迷うようにシャーペンを宙に走らせると、静かに置いて、みんなの顔を見る。
「…………知ってる……」
その言葉に反応して、みんなは魅音の顔を見る。しかし、みんなは魅音を急かしたり促したりはせず、静かに辛抱強く言葉を待つ。
「……多分、私の中にある『鬼の記憶』だと思う……」
『鬼の記憶』
その奇妙な言葉に、今度は圭一とレナ、詩音が反応する。しかし、みんなは口を挟まずに、魅音の言葉を待つ。
「ある日、深夜、学校の教室。私の記憶はそこから始まるの。部屋の中は村人で一杯。みんな不安だった。自衛隊の人達に誘導されて、避難してきた。『火山ガス災害が発生した』と言われて……今まで火山ガスなんてなかったのにどうして? て村人たちが話していた。隣にいた婆っちゃが『梨花ちゃまが死んだから、オヤシロさまの祟りが始まった』なんて言っていた……多分、梨花ちゃんの死んだその日の夜だったと思う」
僕は、その言葉を聞いて悲しくなる。僕の手の届かないところで、僕の名前で行われる……惨劇。
もし、僕が祟りをもたらすほどの力を持っていたとしたら、僕はこの惨劇を防ぐことができるのに…………なんと皮肉なことなんだろう。
梨花が僕の頭を撫でてくれる。挫けそうな僕の心を支える。そうだ。今回は信じる。惨劇は起こらない。僕は仲間を信じる…………そして……自分を信じる。
魅音が言葉を続ける。
「……それは、扉の近くから始まった。座っていた人が、力無く崩れて、倒れた……もう、二度と立ち上がらなかった。うん……死んだんだ……本当に音も何もなかった。その周りの人達も崩れる。扉の周りにポッカリと穴が空いたような感じだった。その穴は……音もなく……ただ静かに広がっていった………………そして、教室の中ほどにいた……圭ちゃんとレナも……その穴に落ちちゃった」
魅音は辛そうだったが……語るのを止めなかった。
「私は気付いた……そして恐怖に囚われた。私の中の『鬼』が目覚めた。私の中の鬼は、教室の窓を打ち破り、外に飛び出した……圭ちゃんもレナも……婆っちゃも見捨てて外に逃げ出した。私は怖かった……銃を奪い、秘密の道を使い、裏山に逃げ込んだ。私以外は……みんな死んだ。私も……次の日に……みんなの仲間に加わった。みんなのいない雛見沢を独りで生き延びるのは……死ぬよりも辛かった……」
魅音は涙を拭い、言葉を続ける。
「裏山での戦いは、凄まじいものだった……沙都子のトラップのお陰だよ。ありがとうね……でも、生き延びるために生きていた私には、自衛隊相手に善戦するのが精一杯だった。最後、ついに掃射を受けて、勝負は終わった……でも、私が負けて、自衛隊の人達が勝ったはずなのに……自衛隊の人達は……ガスマスクの裏で……みんな泣いていたの……」
重い沈黙がその場を支配する。
詩音は、その場にいたかのように顔をしかめ、視線を伏せる。沙都子も、圭一も……梨花でさえ言葉が出ない。悲しい沈黙があたりを支配する。
しかし、レナは違った。
レナも、魅音の言葉に痛め付けられ、小さく背を丸めていた。しかし、その小さい体にある芯の部分は、何事にも屈しない。心の奥底にある青い炎は、この酷寒の不条理の中でさえ、仲間に温もりを与えようとしている。
レナは静かに魅音を抱き締める。
「うん。魅ぃちゃんは良く戦った。それは、レナにも他の誰にもできない……魅ぃちゃんにしかできない凄いことだよ。自分独りしか仲間がいないのに戦っただなんて、やっぱり魅ぃちゃんは凄いよ」
レナの温もりが魅音に注がれていく。
「……多分、それは……今、ここでそのことを語るために戦ったんだと思う。ここの仲間たちに話すために。……ここには仲間がいる。魅ぃちゃんは独りじゃない」
その言葉で魅音が目を覚ます。詩音も、沙都子も、圭一も、梨花も……そして僕も目を覚ます。魅音の語る世界は確かに悲劇だったのかもしれない。でも、それはこの世界の話ではない。……弱気になってはいけない。『強い意志』こそが、この世界を創りあげる。
魅音が応える。
「うん……ここにはみんながいる。独りじゃない。──大丈夫」
魅音が、優しく抱き締めるレナの手に自分の手を重ねる。まるで仲間の温もりを確認するように。
「……ありがとう、レナ」
「……私にも『鬼の記憶』があります」詩音が意を決したように語り始める。
詩音は梨花と沙都子を見る。沙都子はキョトンとしていたが、梨花は詩音の視線に応え、優しいほほえみで詩音の後押しをする。
「どこか知らない世界の記憶なのですが……私もかつて『鬼』になったことがあります。その世界の私はとても脆くて……悟史くんがいなくなった世界に耐えることができませんでした」
悟史、の名前を聞いて、沙都子がビクッと体を緊張させる。今度は、梨花が沙都子の体を優しく包む。
「私の中に『鬼』が生まれ……雛見沢は『鬼ヶ淵村』になりました。」
そこで詩音はいちど区切る。ゆっくりと深呼吸すると、言葉を続ける。
「全てに復讐するために、私は……鬼婆を殺し、公由のおじいちゃんに手をかけ、沙都子、梨花、魅音……を殺すのです」
その言葉を聞くと、梨花はにっこりとほほえんで、もう一度後押しする。
「でも、それがあるから詩音は強くなるのですよ。にぱ~☆」
「……ありがとう。でも、いいたいのはそっちじゃなくて……その世界では、私は梨花ちゃんを……綿流しの2日後に殺すんだけど、私が死ぬ月末……6月30日まで何も起きなかった」
「……ええと、9日間、何もなかったの……かな? かな?」
「ええ、失踪事件が多発していたけど、それは私が起こしたもの。村人に鬼の本性なんてカケラもなかった」
魅音は、整理中のノートの『女王』『感染者の死』と繋がる部分から線を引き『自衛隊の殲滅作戦』という言葉を、同様に『雛見沢の住民が鬼の本性を顕す』という部分から線を引き『事実なし』という言葉を追加する。
「まだまだ情報が足らないみたいだね。続けよう」
魅音はさらにもう一冊ノートを持って来ると、『雛見沢』のノートの横に広げる。
次は『東京』。この話の動力源となる存在。
『東京』は、その豊富な資金と人脈で権力の奥深くまで食い込んでいる……秘密結社群。日本による大東亜共栄圏を夢みる戦前の亡霊たち。アメリカからの隷属からの脱却を望み、核に代わる兵器を欲している──核に代わる、細菌・化学兵器を。
『東京』は核を越える兵器の候補の一つとして『雛見沢症候群』に注目。細菌兵器研究のため、雛見沢に『入江機関』──入江診療所の奥深くにある秘密組織──を作る。入江診療所自体が、『入江機関』の隠れ蓑だという。
『入江機関』には、大きく分けて2つの側面がある。
一つは『雛見沢症候群』の研究。これは入江を中心とした研究スタッフが担っている。まだ研究序盤だが、すでに大きな成果を挙げている。病原体の特定、観察手法の確立、治療・予防薬の開発。もし治療目的の研究ならば、目的の大半を達成したと言えるかもしれない。
「監督については、俺が知っている。『大災害』前に……服毒自殺していた……。俺の『鬼の記憶』が……教えてくれた。あの……全てが狂った世界では……そうだった」
圭一は言葉を絞り出す。僕は、圭一の頭を撫でる。圭一は、ありがとう、とつぶやく。
「……前回の状況を考えると、……やはり『自殺』とは考えにくいね」
「ですのですわ。チンケな罠ですのよ」
「やはり、監督は中立か……あるいは鷹野さんの敵だったということなのですね」
「入江は信用できるのです。ただ、頼りにはならないのです」梨花がきっぱりと言った。
引き続き、『入江機関』について整理を続ける。
『入江機関』のもう一つの役割が『雛見沢症候群』の研究環境維持と秘密保持。これは鷹野・小此木を中心とした『山狗』──自衛隊の特殊部隊──が担っている。目的はただ一つ。『入江機関』の研究を、手段を問わず──非合法手段を含めてサポートすること。『雛見沢症候群』や『入江機関』に関する情報流出防止も行う。多分、『鬼』となる可能性のある存在の監視もあるだろう。『鬼隠し』……そして『オヤシロさまの祟り』にもかかわっている。
「沙都子やレナも監視対象に含まれているかもしれないな」と圭一が言う。
「……そうなの、かな……かな……」
「私も可能性ありますね。お姉の話にもありましたけど、遠くの学園に幽閉されていた時のホームシックは、多分『雛見沢症候群』を発症しかけていたからなんでしょうね」
僕は、すぐ近くに山狗がいないか心配になり、首を上げるとあたりを見回した。
「大丈夫ですのよ。わたくしに気付かれずに、ここまで近寄れるひとなんて世の中に存在なんてしませんわよ。……昔、小此木造園の方がふもとの罠に良く引っ掛かっていたのは、そういう意味だったのですわね」
快活な言葉が心強い。それに、ここは裏山の風だまり。風にのる音と匂いが、あたりの様子を僕に伝える……大丈夫。
『入江機関』と『東京』について、続ける。
『入江機関』と『東京』の関係は、当初は良好だった。『入江機関』は『雛見沢症候群』について研究し、『東京』は費用・人材の援助を行う。『入江機関』の成果に『東京』は感嘆し、『東京』の援助に『入江機関』は満足する。
しかし、それも最近までの話のようだ。『東京』は方針を変更し、『入江機関』の段階的縮小、そして近年中の終了を決定した。
「ほんと、つれないね。手の平を返すようだ」
「……ボクも騙されたのですが、『東京』……組織を擬人化するのは危険なのです」
「そうですよ、お姉。人間の頭を挿げ替えるのはできませんが、組織の頭を挿げ替えるのはできます。今回は“推進派の古老の死”というビッグイベントがあったみたいですし」
「そういや、『東京』の体質も変わったって言ってたっけ。政治・経済・外交での立国を目指す……ずいぶんと健全になったもんだね」
「そうなのです……そして、『東京』には少なくとも2つ……あるいはそれ以上の派閥があるとボクは思うのです。『入江機関』に直接指示して研究を終了させようとする『東京の主流派』──多分、現在の『入江機関』のオーナーはこちらなのです──と、『入江を貶める派閥』があるのです。『入江機関』と『東京の主流派』は、お互い折り合いがついているようだったのです」
魅音はノートの『派閥』『入江を貶める派閥』と『監督』『偽装自殺』を繋げる。
「さっきの話とつながってくるね。……キナ臭い臭いがプンプンしてきた」
「こっちも繋がりそうなのかな?かな?」
レナは、入江と敵対するもの同士──『鷹野』『小此木』『山狗』と『入江を貶める派閥』を繋げようとする。
「……もしここが繋がるのならば、それもありえますね」
詩音は『入江を貶める派閥』と『自衛隊の殲滅作戦』を繋ぎ、さらにその先を『東京の主流派』に繋ぐ……『主流派の粛清』とコメントを付けて。
「嫌な話だな。俺たちゃ『東京の主流派』を吹き飛ばすためのダイナマイトかよ……」
沙都子が口を挟む。
「『雛見沢症候群』の価値に気付いて、『入江機関』を奪い取ろうとした……というのはありませんのですこと?」
「……おじさんは、その線は無いと思う。『入江機関』を手に入れるために『自衛隊の殲滅作戦』を行うなんて、あまりにも危険すぎる。『東京』自体が壊滅するぐらいのデカいダイナマイトだからね。『東京の主流派』は『雛見沢症候群』に興味ないんだから、もっと安全な手はいくらでもあると思う。……『東京』の弱体化を狙う裏切り者のしわざの方が説得力あるよ」
魅音の言葉を受けて、詩音がつぶやく。
「そうすると、『東京の主流派』が『自衛隊の殲滅作戦』を望んでいないとすると、監督と『東京の主流派』を繋ぐ富竹さんはどうなのでしょうね」
話が富竹に移る。富竹は『入江機関』と『東京』をつなぐ重要なキーパーソン。『入江機関』の連絡役であり、年に4回雛見沢を訪問して研究の進捗状況と今後の計画について報告を受け、『東京』方針を伝える。
「なあ、羽入。富竹さんが死ぬときの様子って、目撃してたりしないのか?」と圭一が尋ねる。
「……ごめんなさい。そこが重要だとは気づかなかったのです……。綿流しの日は“祭られ”なくてはならないので、神社の外には出なかったのです」
「……ボクもその手を思い付けなかったのです……ボクは“必ず死んでしまう人”に関わらないようにする習慣が身に付いてしまっていたのです……」
「…………ごめん。余計なことを言った」
「……何か重要なことのような気がする……かな? かな?」
「て、富竹さんて必ず殺されてるのかよ?!」
梨花と僕は説明する
「そうなのです。綿流しの日に、富竹は必ず殺されるのです。ボクは何度も警告したのですが、一度も信じてくれたことはないのです。前回も変わらなかったのです」
「そして、毎回、同じように鷹野の死体も出てきます……しかし、これは偽装なのです。ようやっと前回わかったのです。鷹野はその後も生きているのです」
圭一、レナ、詩音がハッとする。富竹と……偽装した鷹野の死体が出てくる『鬼の記憶』を見付けたのだろうか。
圭一がつぶやく。
「なんだ……『自衛隊の殲滅作戦』の障害に“必ず”繋がるから、富竹さんは殺された……。鷹野さんと『山狗』を信じていたから……『自衛隊の殲滅作戦』に繋がる陰謀を知らなかったから、梨花ちゃんの警告を無視した。……富竹さんはシロじゃないのか?」
沙都子が梨花に問い掛ける。
「やっぱり富竹さんの死体も偽装だった、という可能性はありませんのこと?」
「それはないのです。富竹の死体は喉を掻き毟ったもの──『雛見沢症候群』の末期症状──で、鷹野のような焼死体ではないのです。とても偽装しづらいのです。検死は興宮警察が行っています。間違いはないのです」
僕が少し補強する。
「富竹と鷹野の死により、『東京』は混乱するのです。その死因から、入江が『東京』に疑われ、入江は身動きを取れない状態になるのです。『入江を貶める派閥』……『東京の転覆派』にとって、これほど動きやすいことはないのです」
富竹がシロだとすれば……とても重要な切り札を見つけ出したことになる。富竹を信用させることができれば、この仕掛けは簡単に『東京の主流派』に伝わり、罠としての価値を失う……少なくとも、『東京の転覆派』の混乱は避けられない。
圭一が呻く。
「……そうすると、……鷹野さんは……本当に富竹さんを殺したっていうのかよ……。あの二人って付き合っているんじゃないのかよ……どうして……」
僕がその言葉をさえぎる。
「鷹野には、恋人よりも……全てのものよりも大事なものがあったのです。ここは、僕が整理するのです」
ここからは僕が探してきた情報が多くを占める。鷹野が中心にいるとわかれば、大雑把なところは何とか調ベることができる。
僕は改めて語りはじめる。
…………鷹野は『雛見沢症候群』の発見者『高野一二三』と深い関係があるのです。鷹野は孤児として孤児院に幽閉されているところを『高野一二三』に保護されます……鷹野は『高野一二三』によって生かされていると考えています。実際、その孤児院では何人もの子どもが虐待死しています。鷹野は、『高野一二三』が来なければ、死ぬのは自分だったと考えているのです。
『高野一二三』は、……裕福ではありましたが、決して幸福ではなかったのだと思いますです。『高野一二三』は個人の力で『雛見沢症候群』の研究を行うのですが、その研究成果が認められることはなかったのです。
『高野一二三』は、自分の努力が認められ、後世の名声とともに永遠に生き続けるのが願い……野望でしたのです。しかし、それは叶えられなかったのです。『高野一二三』は、遺書に“私の死後に忘れ去られるのではなく、私が存命している内から忘れ去られた。”とその残念を記しています。
その怨念は、鷹野を縛ります。鷹野は幼いころから『高野一二三』とともにいて、『雛見沢症候群』の研究の手伝いをしていますのです。……たぶん『高野一二三』は、鷹野を庇護すると同時に、また鷹野に依存していたのです。
鷹野にとって、『高野一二三』は、自分の生かされている理由なのです。『高野一二三』のあとを継ぎ、『高野一二三』の研究を完成させ、『高野一二三』を広く世間に認めさせる……。これこそが鷹野の望みなのです……鷹野の信仰、と言ってもいいのかも知れないのです。
「信仰……」梨花が僕の言葉に反応する。
そうです。信仰なのです。この世界を抑える『強い意志』は、鷹野の信仰によるものなのです。鷹野の望むのは『高野一二三』の復活。鷹野は持てる力を尽して突き進みます。東京大学を主席で卒業し、強力な人脈を築き、同時に『高野一二三』の論文を研究するのです。そして、膨大な資金と『入江機関』を……そして研究成果を手にいれ、『高野一二三』の復活はあと少しのところまで……手を伸ばせば届くところにあったのです。
……しかし…………僕たちには幸運だったのかもしれませんが…………『東京』は『雛見沢症候群』の価値に気付かなかったのです。『高野一二三』の跡を追うことしか考えられなかった鷹野も気付けなかったのです。
『東京』はこの研究を3年で終了することとしたのです。この決定は、鷹野の『強い意志』をもっても覆すことはできませんでしたのです。『高野一二三』は捕えられ、再び処刑されることとなったのです。
そして……鷹野は決めたのです。神を復活させることを……みずからの手で神話を紡ぐことを。
「神話……それは『スクラップ帳』……かな、かな……」
レナが静かにつぶやく。
「そうです。『スクラップ帳』です。あの『スクラップ帳』が一つの鍵なのです。鷹野は、オヤシロさまの祟りという神の怒りで人の心に楔を打ち込み、みずからの持つ『スクラップ帳』を注ぎ込んで神を復活させようとしているのです……雛見沢を贄にして、自らを殉教者として」
レナは真っ直ぐ僕を見る。その瞳はどこまでも深く、怒りと……狂気に満ちていた。
みんながレナの歪みに気付く。レナを中心にどこまでも歪んでいくような……そんな怖さがあった。
「だあぁぁ!!」「いたっ?!」
いつのまにかレナの目の前に圭一が立ち、手にした木の棒でレナの頭を叩く。
「熱くなるのはまだ早いぜ!! そんなんじゃ勝つもんも勝てねぇぞ!!」
「やったな?!」
レナが近くの棒を拾うと、神速の一撃を繰り出す。その一振りで……レナの作り出した歪みが吹き飛び、代わりに灼熱の暴威が二人の間から湧き上がる。
二人はそのまま必死の打撃を繰り返す。交じわる一撃一撃が、木の棒とは思えないほど鈍い響きを奏でる。その斬撃は、じゃれあうというには、あまりにも激しく、鋭かった。
「「あっはははははははははははははははははははははははは!!!!」」
「……おじさんたちを置いていかないでよ、ふたりとも」
しかし、それも今回は長く続かない。レナより速く捌きレナより速く打ち込もうと狙う圭一を、レナは冷静に嵌めていく。圭一はレナの罠を噛み砕こうと限界の上をいくが、それでもわずかだけ足らなかった。
圭一は切り株を踏み付ける。ほんの少しのズレ。しかし、レナには充分だった。トップギアに入ったレナの電撃の一撃が、圭一の手から棒を弾き飛ばす。圭一はそのまま尻餅を突く。
「甘いね、圭一くん。今回もレナの勝ち」
「くぅぅぅぅ。今回はイケると思ったのになぁ」
「じゃあ、罰ゲームはメイドさんね。ちゃんとレナにご奉仕しないとダメだから」
みんなが笑う。さっきのレナの狂気とのギャップに、僕は驚きながらも笑った。
一通りみんなが笑い終わったあと、圭一が静かにつぶやく。
「……たまらんな。鷹野さんも、自分の全てを賭けて戦っている、つうことなんだよな」
「そうなのです。鷹野の『強い意志』は神をも討ちたおそうとするものでしたが……不幸にも鷹野には、いっしょに悩む“仲間”がいなかったのです」
「……鷹野さんは間違った選択をしてしまったんだね」レナがつぶやく。
「……多分、鷹野さんは『最善の選択』をしていると考えてるんだろうな……俺やレナがそうだったように」
「……そうだね」
少しの沈黙。
その後に、レナと圭一、そして梨花が口を開く。
圭一が梨花を促す。
梨花が圭一に応え、口を開く。
「ボクは、鷹野を救いたいと思うのです。ボクの百年の苦しみが鷹野のせいだとしても」
「……いいのですか?」僕は梨花に問い掛ける。多分、3年目の『オヤシロさまの祟り』は山狗の引き起したもの。山狗がかかわっている以上、その影には鷹野の姿があるはずだった。
「いいのです。ボクが頑張ったように、鷹野も頑張ったのです。それがどんなに間違っていて、どんなに非道いことだとしてもです……もう許してくれないけど、終わったあとに鷹野といっしょに謝るのです」
「俺も同じだ。……梨花ちゃんとみんなが許してくれるのなら、という条件付きだけどな」
「レナも同じ。もし鷹野さんが手を差し伸べるのなら、レナも助けたいと思うの」
「………………かぁっ。それが今回のゲームのルールかい? キツいねぇ」
魅音がそう呻くのを、詩音がにやけながら受ける。
「なに言ってるんですか、お姉。これだけコマが揃っていたら、楽勝じゃないですか」
沙都子も少し小馬鹿にしたような憎まれ口を叩く。
「相手の手の内もだいたいわかっているのですし、それぐらいのハンデはハンデのうちに入らないのでございますのよ」
圭一が能天気に根拠なく叫ぶ
「俺たちゃ無敵の部活メンバー。一致団結すれば向かうところ敵なしだ!! 鷹野さんなんか、完膚なきまでに叩き潰すぜ!!」
「……気楽に言ってくれるね。全く。……確かに、鷹野さんのことだから、ぐうの音も出ないくらい叩き潰さないといけないだろうし……『東京』なんてやっかいなのもあるのに……」
魅音の弱気をうけて、圭一のなかの燃えさかる炎がさらに勢いを増す。
「なんだなんだ、部活メンバーじゃ足りない、つうのかよ。それなら俺の口先の魔術で雛見沢全部を巻き込んでやるぜ!!!」
「『東京』上等!! お姉。『東京』が雛見沢の敵にまわるなら、ただ叩き潰すだけです」
「……わかった、わかった。おじさんが何とかするよ。多方面からの搦め手で粉砕しよう。みんな、協力してくれるね?」
「「「「「「もちろん」」」」」」そういうと、僕たちは顔を綻ばせて笑った。