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ひぐらしのなく頃に 神落し編

2006/09/12_004022




目次


赤坂1

ついに、間に合った。なぜか、そう思った。

ここにくるのは5年ぶりだろうか。安くはない料金を払いタクシーを降りる。

興宮警察署。

懐しい……と、いうのも嘘になるような気がする。得体の知れない何かに駆り立てられていたが、それが何かわからなかった。だから、汚職事件の資料の中に『入江診療所』の文字を見付けたときは、とても救われたような気分になった。私は『雛見沢』の調査の仕事を奪い取り、そのまま列車に飛び込んだ。

ただ独り立つ砂漠の中で落してしまった、とても、とても大事なビーズ。見付けられないとあきらめていた大事なものを見付けたような、そんな幸運を感じていた。

そして私は思い出した。雛見沢の住民の人懐こい笑顔。そして可愛らしい少女……梨花ちゃん。たった2日間の話なのに、もう5年前の話なのに、その笑い顔は私の胸に心地良い風を吹き込む。しかも、梨花ちゃんはそれだけではなかった。

そう、梨花ちゃんには、借りがあった。

梨花ちゃんに最後の別れのときに受けた警告。

「東京に帰れ、さもないとお前はひどく後悔する事になる」

本当に恐ろしい……言葉。これ以上ない強い口調で梨花ちゃんは言ったが、梨花ちゃんの最善を尽くした言葉ですら、危うく私の心に伝わらずに消え去るところだった。私が気付いたのは本当に偶然だった。

その言葉を聞いた夜に打った麻雀。そこでの牌の感触が、私の感触を鋭利なものにした。打ち上げのときに「家内」と口にしたときの違和感。ほんのわずかな違和感を、往年の勝負師の勘は掴まえた──麻雀に誘ってくれた大石さんたちにもお礼を言わないといけないな──。荷物もそのままに東京に戻り、夜も明けないうちに雪絵のところに忍び込んだ。……しかし、よく辿り着いたものだ。雪絵が驚いて……喜んで……そして散々怒ったのもいい思い出だ。

ただ、そのままトンボ返りするまでの10分程度の会話のお陰で、私は後悔しなくて済んだ。雪絵は危ない行為を……私が電話しないときに、階段を昇って屋上で夕涼みしていることを認めた。私は雪絵に止めることを誓わせた。10分間で行ったのは、たったそれだけ。

しかし、たったそれだけで全てが変わった。その日の夕方、清掃員が屋上に繋がる階段で剥れたタイルを踏んでしまい、大怪我をした。雪絵は「危なかった」なんてあっさりしていたけれど、それが意味するものに私は感付いていた。……あの言葉はこのことだったのか、と。

結局、そのあと昼ぐらいに雛見沢に戻った私は、犯人は取り逃がしたものの大臣の息子を助け──持ち場を離れるという大失態は土下座行脚でなんとか納め──あの事件にケリを付けた。そして……その後に残された梨花ちゃんの言葉。不覚にも……体中の傷とアルコールに飲まれて、『入江診療所』の文字を見るまで完全に忘れていた。

「……死にたくない」梨花ちゃんが最後に呟いた言葉。

なぜ、私は忘れていたのだろうか……?

「ぬおぉおおおぉおぉ、赤坂さああぁん!! ご無沙汰しておりますよ~~!!!」

興宮署のロビーに不自然なほど元気な声が響き渡る。その声に、つい、顔が綻ぶ。

「大石さん! その後もお変わりなく」

「んっふっふっふ! お変わりなくなんてひどいですなぁ! 最近、リンゴダイエットってのを始めましてね? ちょいと体重が絞れてきたつもりだったんですがねぇ!」相変わらず元気そうだ。「そういう赤坂さんは、こりゃまた見違えるくらいに逞しくなったじゃないですか!」

「この程度には鍛えてないと、体が持ちませんので」

意外な方から声がしてくる。

「あれ、蔵ちゃん。その人、あの人かい? 何年か前にウチにきた東京の公安の!」

「本田屋さん、ご無沙汰しております。その節はお世話になりました」

5年前と変わらない底抜けに陽気な──少し下品な笑い声が響き渡る。

「あんた、ずいぶんとまぁ立派に成長しちゃったじゃないですか。かぁ~、若いっていいねぇ!!」

大石さんが割り込むように話し掛ける。

「ささささ、せっかく来てくれたんです。もうお店に行っちゃいましょう! 馴染みの店ですから、のれん前でも入れてくれるでしょう。 さぁさぁ行きましょう」

「その前に、電話借りていいですか?」

「あらぁ?奥さんとこに連絡ですか?」大石さんに肘で胸を突かれる。

「いいえ。まだ東京の事務所に到着の連絡を入れていないので、これから行おうかと」

大石さんは私を会議室の電話まで案内しながらも話すのを止めない。

「だめですよぅ。まじめに連絡なんかしちゃぁ~~。コキ使われるだけですよ!!」

大石さんがそう言いながらも電話機を私の前に置く。

「終わったらロビーにいますので、来てくださいよ」

私は大石さんに軽く挨拶すると、受話器を手にとった。

(続く)