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ひぐらしのなく頃に 神落し編

2006/09/25_020713




目次


小此木1

俺は、追い詰められていた。目の前にある123号文書──“終末作戦”に。

小此木造園の社長室の奥にある窓のない資料室。基本的に社長室の回りのセキュリティは高いが、特にこの資料室の頑強さは別格だ。週に一度は自分の手で掃除しているから、その質も十分に信頼できる。

だから、この部屋の中でなら、俺は安心して嘆くことができた。

「なんで、こんなことになっちまったんだろうな」

俺は、あえて声に出して言ってみる。あのバカ女……『野村』の作った悪魔の脚本。緊急マニュアル第34号を逆手にとって『滅菌作戦』──自衛隊による雛見沢住民の虐殺──を引き起こし、その禊として『東京』の主流派を失脚させる。あの、机上で命を弄ぶインテリ気取りのアホ女の作戦によって…………俺のチームが破滅しようとしている。

山狗が興宮に来てからもう10年近くが経つ。雛見沢住民との交流は避けるように指示はしているが、俺達も人間だ。雛見沢に対して憎からぬ感情を持つ隊員がほとんどだろう────あまりにも長く留まりすぎた。多分、俺の鍛えた山狗ならば、雛見沢住民の虐殺をもたらす“終末作戦”を遂行することはできるだろうが、……その後は耐え切れないだろう。心理的なストレスからチームが崩壊するのは目に見えていた。

──しかし、無能な俺は、チームの破滅を防ぐ方法を知らず、行動を起こすこともできなかった。『東京』の……そして『野村』の手はどこまでも長い。俺が情報をリークして作戦を白日の下に晒そうとしても、その前に叩き潰されるだろう。そうなれば……『野村』は、自分の手に噛み付いた飼い犬に何をするだろうか? コンクリ詰めになって太平洋の海の底か、山奥の砕石機に砕かれて川に流されるか……『野村』とは短くない付き合いだ。証拠隠滅──チーム全隊員の粛清は、多分、実行するだろう。逃げ出すのも無理だ。俺は、そのための準備を怠ってきた。ただ逃げようとしてもほぼ確実も捕まるだろう。あとは……苦痛のない方法で処理されることを祈るだけだ。

組織としては鷹野の指揮下にあったが、実際には依然『野村』の支配から逃れることができなかった。表向きは鷹野の指揮の下『雛見沢症候群』の研究環境維持を行っている。しかし、それと並行する形で別の不正規活動──『野村』の指示によるものだ──も行っている。いや、重要度や難易度から考えると、『野村』の不正規活動の方が本職で、この雛見沢の任務が隠れ蓑と言える。十分な資金と時間。適度な実戦経験。……何と、恵まれた環境か。俺は、愚かにもこの世界が永遠に続くと勘違いした。

俺は、愚鈍な司令官だった。今ある環境を受け容れるだけで、この環境を維持するための努力も、自分の望む環境を作り出すための準備も行わなかった。……いや、今になるまで思い付きもしなかった……何という愚かさか。

──だが、チームリーダーとしては優れていたと思う。俺の山狗は、まさしく最高の状態を維持している。高度な技術を持った信頼できる仲間たち。このチームを作り上げたのはまさしく幸運の賜物であり、仲間と共に任務を達成するのは最高の誇りだった。

“終末作戦”は、とても危険な作戦だ。もしかしたら『野村』は作戦の成否に関係なく証拠隠滅を行うかもしれない。しかし……練度の高い軍人は貴重な存在だ。俺の山狗ならば『野村』も使い捨てにはしないかもしれない。

隊員がストレスに耐え切り、『野村』が山狗を切り捨てない……俺の望む山狗がこれからも山狗でありつづけるには、万に一つの奇跡を願うしかなかった。

部屋の電話が鳴る。内線からの呼び出し。このベルの音は、破滅ヘの行進の始まりなのだろう。

「はい、小此木です」

「隊長。鳳の全隊員が揃いました」

そうか……

「すぐ行く」

いつのまに泣いていたのだろうか。俺は首にかけた手拭いで顔を拭うと、イスから立ち上がり、身だしなみを整える。

小脇に“終末作戦”を抱えると、静かに社長室への扉を押し開ける。

そのまま社長室を出る。社長室の脇にある大き目の倉庫に、鳳が集まっていた。

「注目。そのまま楽にして聞いてくれ。──枝の掃除はしたか?」

「はい。問題ありません。他の隊員も現在外回り中です」

その一言を聞いて、俺は手持ちの資料を配布する。

「資料は後ほど回収するから頭に入れるように。まずは概要の説明から行う────」

俺はそのまま“終末作戦”の説明に入る。ただし、実行の背景を少し加工して。内容については鷹野および『野村』と調整を済ませてある。

それはこんなシナリオ。あまりにも馬鹿馬鹿しい話だが、少しでも隊員達の免罪符になってくれればそれでいい。真実に魂を切り裂かれるのは、俺だけで十分だ。

────

『東京』では現在派閥争いが行われており、混沌とした状況となっている。山狗の上層部も例外ではない。そして……『東京』のある一派がこの状況を悪用して、『東京』を外国に売り渡す──『東京』を壊滅させ、日本を混乱させることにより、東側に便宜を図ろうとしている…………と上層部が判断した。

『東京』の壊滅を実現するための作戦の一つとして、女王──Rの殺害による雛見沢住民の暴動誘発が行われる見込みが高い。アルファベットプロジェクトの露呈は日本の国際信用を大きく失墜させるものであり、また国内でも政権の崩壊・共産勢力の拡大などの致命的な痛手となることは避けられない。

そこで123号文書では、敵の先手を取ってRの殺害と緊急マニュアル第34号の発動を行い、アルファベットプロジェクトの証拠隠滅と『東京』内の敵対組織の破壊を行う。

つまり、123号文書は、敵対組織を壊滅させ、なおかつ日本全体が混乱に陥いることを防止するための重要な作戦であり、上層部としては万難を排して達成する必要があると考えている。

────────

隊員達の恐れ、怒り、悲しみ、嘆きが伝わってくる。だが、それは作戦の説明を続けるうちに静かなものに変わり、最後には俺と同じもの────諦めの色に染まった。

「詳細は引き続き説明する。ここまでで疑問点は? ────何でもいいぞ」

俺の言葉に隊員の一人が反応する。諦めたような、虚ろな笑いを口元に浮かべて。

「……つまり、『東京』は、俺たちに“地獄に堕ちろ”と言っているんですかね」

「ああ、そうだな。雛見沢の連中は天国に行けるだろうが、俺達は揃って地獄いきだ」

「……一体『東京』で何が起っているんです? こんな下策を持ち出して、『上』の連中は何を考えているんですか?」

「判らん……すまんな。もしかしたら、『上』は疑心暗鬼に取り憑かれたのかもしれん」

俺は皮肉に口を歪めて弱々しく肩を竦める。しかし、隊員達は、俺の言葉を素直に受け容れる。雛見沢の『鬼』たちを見ている隊員達にとって、疑心暗鬼がどれほど恐ろしいものか、身に沁みて理解しているのかもしれない。

──ああ、確かに上層部は取り憑かれたのかもしれない。しかし、それは悲劇に振り回される『鬼』ではなく、悲劇を弄ぼうとする『悪魔』なのだろうが……

俺は言葉を続ける。

「……だが、お前達が軍人である以上、命令不服従は許されん。全ての責任は上層部と俺にある。お前達は手足として働いてくれればいい」

できるだけ強く、冷たく言い放つ。この件に関しては、自分で判断することを止めさせ、心理的な逃げ道を用意してやることだ。

「鳳以外のチームには説明するんですか?」

「……いいや。行わない。ここについては別のシナリオを考えている。R殺害を防止する防諜作戦として説明する予定だ。最後は『失敗』することになるがな。情報漏れの無いように留意してくれ。──他には?」

重い沈黙が続く。

「なお、作戦終了まで辞表は受け付けない。逃亡も不服従も許されない。粛々と遂行してくれ。では説明を続ける」

共犯者として遂行する……。そう考えると、ふと、5年前の祟りを引き起した男たちのことを思い出す。工事の現場監督の殺害を秘密にするため、バラバラにした死体をそれぞれ持ち帰った犯人達。

結局、あの連中はチームを維持することができなかったが、……俺達はどうだろう?

(続く)





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