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ひぐらしのなく頃に 神落し編

2006/11/04_182955




目次


鷹野3

興宮の街角。私は軽い足取りで道路を渡る。

目指すは向かいの洒落た喫茶店。私は風格のある造りの扉を押し開ける。部屋の中の作りも和洋取り混ぜた味のある構え。私はこの店が好きだった。

中の様子を見る。客の入りもまあまあ。この寂れた町の中でも、赤字を出さない程度の売り上げは挙げている。

私は店員に合図を送る。店員は普通に客を迎えるように応じる。

そのまま店の奥の一区画に入ると、その区画のパーティションの隙間から通路を覗く。──追跡者は無し──問題ない。確認が終わると、奥の壁に偽装された扉の鍵を外し、中に入る。

そう、この喫茶店自体がカモフラージュ。私はこの扉を使って、店の裏にある小此木造園に向かう。私は地下のセキュリティルームに繋がる無骨な鉄扉を開ける。

ぶわっ、と、熱気が吹き込んでくる。落ち着きながらも活気のある雰囲気が辺りを占める。今は“終末作戦”の遂行中。悪魔の脚本通りに、小此木を軸にして山狗たちが回り続ける。

「どう、順調?」私は小此木に声をかける。

私は他愛の無い返事を期待したが……小此木は返事をしなかった。

「小此木?」私はもう一度呼び掛ける。小此木は迷うような態度を見せてから、答える。

「ちょっと、気になるこったあるんすね……」

小此木の、どことなく怯えたような迷いのある目付き。

「ここ2日ほど、葛西辰由の動きがないんすね」

葛西…………。興宮の顔役であり、園崎当主の娘の旦那を中心とする組──園崎組の中心人物。園崎詩音の世話役になって一線を退いたという話になっているが、依然としてその影響力は大きい。

「2日前まではかなり頻繁に動いてたですんど、昨日から、ぱぁ~たりと出てこなくなったんすね」

「…………気にしすぎかもね。医者の往診とかはなかったの?」

「特に何も。園崎詩音もぴんぴんして飛び回っとります。ただ、葛西の動きだけ無いんですんね」

私は考え込む。私からすれば考え過ぎのような気もするが、小此木は何か感じているようだ。──小此木は、かつては優れた兵隊だったという。小此木の天才が、私にはわからない何かを嗅ぎ付けたのだろうか?

「何か参考になりそうなデータある?」

小此木が頭を掻く。

「残念ながら人手が足りとらんので、情報整理できとらんですが……」

そう言いながら、いくつかに束ねられた封筒を差し出す。封筒には日付と場所──園崎本家及び園崎組関係の活動拠点の名前が書かれている。封筒を開けると、中には建物を出入りする人物のインスタント写真が何枚も入っていた。裏には、撮影時の状況と確認できた範囲での人物情報────入退場記録、というほど立派なものではないが、その類のものだった。私は時系列順で並んでいる写真を順番に見る。言われた通り、昨日と今日の写真からは、葛西の写っているものは存在しない。しかし、これらの写真からは、特に気になるところは見付からない。

ふう。私は溜息をつくと、背後のテーブルに向かう。今度は簡単に葛西関係……園崎組が差し押さえた高層マンションの写真を並べ、順番に眺めてみる。

一枚の写真に…………違和感を感じる。

私は防犯カメラの映像の並ぶ辺りに視線を移す。たくさんのテレビの中から、喫茶店の防犯カメラにつながっているテレビを見つける。画面を切り替えるまでもなかった。映っているレジ前の画像に、その写真に写っているのと同じ人物が映っている。私は興味無さそうな振りをしながら──背後の小此木に気付かれないようにしながら、並べた写真に視線を戻す。

「小此木、仕事に戻って良いわよ。しばらくかかりそうだわ」

私は何も気付いていない振りをしながら、並べた写真を頭から順に手にとり、裏に書かれている情報を確認する。ほとんどが園崎組関係者。まあ、当然だろう。このマンションには一部を除いて園崎組関係者しかいないのだから。あと3枚、あと2枚……1枚。そして、目的の写真を手に取り、裏返す。そこには、短いコメントしか書かれていなかった。

『情報屋。打ち合わせ?』

その言葉が頭に引っ掛かる。しかし、私は何事も無いような態度をしながら次の写真を手に取る。惰性でその作業を続けるが、頭のなかには入ってこない。さっきのコメントに心が奪われている。

私はふと、情報屋の滞在前後に誰が出入りしているかを確認する。もしかしたら────居た──私の直感の通り。情報屋が出入りするのと前後して、園崎魅音、園崎詩音が同じようにこのマンションに入り、そして出ていっている。

普通に考えれば、ここに住んでいる園崎詩音、園崎詩音の姉である園崎魅音がこのマンションに出入りすることは自然だ。情報屋の前後に出入りしているのも偶然の一致である可能性が高い。それに情報屋が喫茶店に入っていたのも、単なる偶然かもしれない。

だけど、私の背後にいるもう一人の私が警告する。園崎魅音、園崎詩音には気を付けろと。出し抜かれるなと。わかっている。私からすると園崎魅音と園崎詩音は何も知らない小娘に過ぎないが、もう一人の自分にとっては違うのだろう。

……くすくすくすくすくす。はははははははははは

面白い!! 面白い!!!

そうか、奴らもこのゲームに参加シヨウトイウノカ!! オモシロイ!!!

思わず声を上げて嗤いそうになる。私は唇の端を大きく吊り上げるだけで我慢した。

ハハハハハ!! オモシロイ!!! ナント愉シイコトカ!!! あイツラは神話ニ挑モウトイウノカ!!

再び、私の背後にいるもう一人の私が警告する。クールになれ、クールになれ、鷹野三四。クールに考えろ。

そうだったわね。そんなに嗤っていられるほど有利という訳ではないのだから。……しかし、いや、愉しい。

私は心を落ち着かせると、最初から考えてみる。

こちらの勝利条件は“滅菌作戦”の実施、あるいは雛見沢住民全員の末期発症。これさえ達成できれば、私のスクラップ帳は神話になる。そうすればいつか……誰かがおじいちゃんの研究に辿り着くだろう。その時こそが、おじいちゃんの復活の時。

“滅菌作戦”を実施するには──極端な話、女王感染者──梨花ちゃん──の明確な死さえあればいい。ジロウさんの死も、入江の死も、必ずしも必要な事項ではない。梨花ちゃんさえ死ねば、『野村』は入江ではなく私を生贄にして“滅菌作戦”を実施するだろう。大した問題ではない。ただ、梨花ちゃんがいなくなると、「梨花ちゃんの明確な死」という条件が達成できなくなる。ここは気を付けなくてはいけない。

もう一つの勝利条件──おじいちゃんの予言した雛見沢住民全員の末期発症に望みを託すのも良いが、これは他の事例からおじいちゃんが推定したものだ。本当に発症するかは不確実なものがある。本当に発症すれば神話を裏付ける最善の結果となるが、何も起こらない最悪の結果も想定する必要がある。────そう、全てを自分でコントロールしないと。保険としては重要だけど、あまり意味はない。

つまり、こちらの勝利条件は、私達の監視下で「梨花ちゃんの明確な死」が行われること。この一点に落ち着く。

やはり、梨花ちゃんが一番重要なキー。

次に、こちらの敗北条件を考えてみる。こちらは、“滅菌作戦”が行われずに、なおかつ雛見沢住民全員の末期発症が起こらないことが条件になる。つまりは、さっきの考えの逆で、「梨花ちゃんが死なない」こと────と、まあ、可能性は小さいと思うが「梨花ちゃんが死んで、その48時間後に末期発症が起こらない」こと────が条件になる。

続いて、「梨花ちゃんが死なない」条件を考えてみる。これは簡単だ。“終末作戦”が「梨花ちゃんの死」を達成目標としている以上、「梨花ちゃんが死なない」ということはすなわち“終末作戦”が失敗したということ。この場合は……私は証拠隠滅のために処分されているだろうから、私だけの手で「梨花ちゃんの死」を実現することはできない。──やはり、“終末作戦”の達成は必要だ。

“終末作戦”の失敗とはどういうことだろうか? 私は考えてみる。この作戦が不正規活動である以上、作戦の露見は避けなくてはならない。もし明るみに出れば、『野村』が直ちに作戦を廃棄するだろう…………この作戦のオーナーの『野村』が許すはずがない。

そこまで考えて思い付く。作戦がある程度進行した後は? …………『野村』は逆に“終末作戦”を実行することで隠蔽しようとするだろう。自信家の『野村』なら間違いない。極端な話、「富竹の死」とその後の一連の工作がポイントになる。ここまでくれば、『野村』も引き返せない。もちろん、強引に作戦を遂行する以上、後で“終末作戦”が露呈するリスクがある。しかし、それはスクラップ帳が神話になったあとの話だ。その頃には私も死んでいるだろうし、どうでもいいことだ。地獄で『野村』が破滅するのを眺めるのも悪くない。

そう、こちらの敗北条件は、『野村』が“終末作戦”の廃棄を決断すること。その時は何も起こらない。ただ、私が処分されるだけ。

いかに『野村』をコントロールするか、これがキーになる。

「小此木。ちょっとセキュリティルームまで来てちょうだい」

私は電話の受話器を取ると、内線で小此木を呼ぶ。

小此木も、『野村』と通じている以上、私の味方ではない。また、薄々ながら感じているが、小此木はこの作戦の実施に反対しているようだ。園崎魅音と詩音の動きを知られてしまったら、作戦の中止……少なくとも延期を『野村』に提案するだろう。それは避けなくてはならない。

「お呼びですか?」

私は小此木を、軽い溜息で迎える。

「さっきの件だけど、特に気になるところはなかったわ」

小此木が落胆した顔をする。

「ただ、大仕事を前に用心する必要があるわね。東京での作業の状況はどう?」

「作戦の準備、裏金の隠蔽工作ともに順調ですんね。このまま進めておけばよろしいかと」

ふうん。

「R、I、Tの所在はわかる?」

Rは梨花ちゃん、Iは入江、Tは富竹──ジロウさんを意味する。

「残念ながら対象者は外出中で、現在の所在は不明ですんね」

「そう、わかったわ」

私は一拍置く。

「これからR、I、Tの24時間監視に入ります。対象者の所在を確認し次第、要員を張り付けて。監視要員は興宮で作業している人員から確保すること。園崎関係者の監視も継続したいけど……R、I、Tの監視を優先してちょうだい。でも、葛西がいると思われる高層マンションの監視は残しましょう。興宮の作業が回らなくなりそうだったら、裏金の隠蔽工作から人員を戻すように。ただし、戻すときは事前に私に連絡すること」

これで小此木の目を園崎魅音と詩音から遠ざけることができる。葛西の監視は継続せざるを得ないが、しかたない。あとで園崎関係者にリークして、園崎魅音と詩音に対する牽制としよう。

私は言葉を続ける。

「鳳は何をやっているの?」

「鳳は、ちょうど裏山の調査が終わったところで、休憩中ですんね。この後は“終末作戦”の模擬訓練の予定です。──といっても、R捕獲のための離れ突入訓練が中心ですんけどね」

裏山ね。

私はあの恐ろしい裏山を思い出す。沙都子ちゃんがそこら中を罠だらけにした要塞。小此木は、月に一度ぐらい裏山の調査を行って、だいたいの罠の位置と種類を確認している。隊員の訓練も兼ねているようだけれども……ただ、沙都子ちゃんに気付かれないように痕跡を残さず調査しているため、隊員の消耗は激しい。

「模擬訓練はしなくていいわ。引き続き裏山の調査を行って、梨花ちゃんがあそこに逃げ込んだとしても捕獲できるようにしておきなさい。ただし、鳳の消耗には気を付けて」

小此木の顔が曇るが、私は有無を言わせずに締める。

「再配置の人員については一任するわ。さあ、取り掛かってちょうだい」

さて、小此木はどう動くかしら? 少なくとも裏山の調査は行ってもらわないと困る。もう一人の私が警告する。梨花ちゃんみたいな非力な存在でも、裏山では立場が逆転する。そんなことを許してはいけない。

人員の再配置の方はどうだろうか? 3人の24時間監視を行うとしたら、カツカツに切り詰めても3人編成で3チーム、合計9人必要になる。万全を期するなら、少なくてもさらに2人──5人編成の3チーム、合計15人──は必要だろう。それに、一般人の梨花ちゃんや入江の監視はともかく、軍人として訓練されているジロウさんの監視は山狗といえども難易度の高い作業だ。人員はいくらでも欲しい。結局、15人──下手したらそれ以上の人員が必要になるだろう。

これだけの人員を興宮から抜いたら、園崎家の監視の継続は不可能だ。良いところ、葛西の動向を探るために高層マンションの監視をおこなうぐらいまでだろう。

ならば、小此木は東京から人員を抜くだろうか?

私は、小此木が余剰人員を含めて東京に送っていることに気付いている。目的が“終末作戦”の廃棄のための情報収集であることも、何となく気付いている。もし小此木が東京から興宮に人員を戻すとすれば……それは“終末作戦”を中止して廃棄することのできる可能性、つまり園崎家に作戦が露見している可能性に気付いた時だ。

この再配置は“終末作戦”廃棄の動きを探るための危険なカナリアでもある。

まずは始めの一手。回りに味方はいなし、打たなきゃいけない策はたくさんあるけれど────何とモ愉シイモノダ

オマエラゴトキニ、出シ抜カレルモノカ……クスクスクスクスクス

(続く)