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ひぐらしのなく頃に 神落し編

2007/01/07_144548




目次


鷹野5

私は二人と別れ……さまよい歩いた。いつのまにか日が暮れ、辺りは闇に包まれている。

ふわ、ふわ、ふわ。

どこまでも頼りない足元。なにかに流されるまま、私は歩きつづけた。

いつのまにか……目の前には入江診療所の灯りがあった。その皮肉に、私は声をあげて笑う。

私は、助けを求めているのだろうか? これから殺そうとする相手に。ジロウさん、梨花ちゃん……そして入江。私は……何をしたいのだろう。

扉を通り、診療所に入る。そのまま、診療室に入る。思った通り、入江が……そこにいた。

入江が通勤カバンの代わりに使用している診療バッグに色々なものを詰め込んでいる。帰り支度をしているようだ。

入江は私に気付き、私の方に視線を上げる。入江は少し驚いたような素振りを見せて、私に問い掛ける。

「いかがしました? 今日はお出かけでは……?」

私はその言葉を無視した。私と入江の間に微妙な緊張感が走る。しかし、私はそれに気付けない。私は自分のことしか意識できなかった。

私は、入江に吐き出すように言う。

「あなたは……非接触感染を……信じる?」

言ってしまって後悔する。こんな支離滅裂な言葉の意味が判るはずもない……そのはずだった……現に入江も怪訝な顔をしている…………しかし、私は……その瞳の奥にある愉悦に、気付いてしまった。その悦びは……私を苛立たせる。

「あなた……知っているわね」

何も答えない。私の狂気を恐れているのだろうか。私は瞬きもせず入江を見据える。長い沈黙。

入江も、私に追い詰められていることを認め……診療室の本棚の中から数冊の書類を取り出す。本来なら……その本棚には、雛見沢症候群とは関係のない適当な医学書が飾られていなくてはならないはずだった……。隠された、私の知らない書類。私は戦慄に心を掻き乱される。

「……雛見沢症候群関連の私的な資料です……感染経路についても述べています。この内容については口外無用でお願いします」

私は震える手で、その古ぼけた資料を手にする。ページの痛み具合いからすると1年以上は経過していそうな……。そこには、思った通り……望まなかった……通りの……記載があった。おじいちゃんの研究とは異なる、もう一つの『雛見沢症候群』研究が。古文書の内容を肯定する研究が。

私は『雛見沢症候群』の持つ毒性……おじいちゃんの理論の範囲……しか考えていなかったが、入江の考察はもっと深かった。

『雛見沢症候群』の持つ効果についての考察。身体能力や知能の向上、仲間意識の極端化──深い仲間意識から強い疑心暗鬼までの大きな振幅──…………おじいちゃんや私には気付けなかった発想……。そういわれてみればそうだ。学校の子供たちなんかその典型ではないか。

兵器としての活用。『雛見沢症候群』の発症者の疑心暗鬼を活用した、敵対組織首脳部の内部破壊工作。そのために望ましいと考えられる症状の改造案。思わず声を出して嗤いそうになる。なぜ誰も気付かなかったのか? その凄まじいまでの威力に。『雛見沢症候群』の最大の特徴ではないか? H170番台などというつまらない子供の玩具は、……最初の設計思想から間違えていたのだ。

いや、それだけではない。『雛見沢症候群』の将来的な展望……毒性の除去──疑心暗鬼の緩和、女王からの独立──『雛見沢症候群』とのよりよい共生関係……の可能性まで…………示唆されている。

私が最後のページまで読み終わると、入江は私から資料を奪い取り診療バッグの中にしまう。

「こんなこと正気を疑われるので秘密にしていましたが……感染経路の実証にも……」

そこまで言いかけて入江は口をつむぐ。

「続けなさい」

「……実証にも成功しています。私を感染先として使用して、この仮説に従って感染することに成功しました。秘密にしていましたが、私は感染者です。……また、予防薬の研究でも、この仮説を応用しています……誰も気付きませんが……」

呆然と立ち尽す。私は……何をやっているのか?

おじいちゃんの夢を叶えることばかり考えて、おじいちゃんの後ろから出ようとしなかった……何が三四だ、何が一二三を継ぐものだ……私はただ、おじいちゃんの庇護の元を歩いているだけではないのか……?

おじいちゃんを継ぐのは、この男がふさわしい…………そして、おじいちゃんの研究は……世間に認められる前に……否定された。

入江が挨拶もそこそこに慌てて診療所を出て行く。私は呆然と立ち尽くす。

…………いや、……違う……。

私は心の中でなじる。

……入江は……『雛見沢症候群』の研究を生き永らえる力を持ちながらも……それを発揮しなかった……。入江は、才能はあったが……裏切り者だった……。

同時に心の中でなげく。

私は……おじいちゃんを…………『雛見沢症候群』を継ぐ……資格が無かった……。私は、従順ではあったが……力を持たなかった……。

……でも……いや、……違う…………

何も、……信じられない……。他人も……自分も……。

……でも……いや、……違う…………。

心の中のもう一人の自分が囁く。

まだ、……道はある。まだ、……神の座に至る道が途切れたわけではない。『論文を神話にし、おじいちゃんを復活させる』のが、あなたの願いではなかったの?

そうだ、そうだ。忘れ去られたおじいちゃんの復活……それこそが私の希望…………

でも、……どうすればいいの?

再び心の中のもう一人の自分が囁く。

それは歩き続けること。立ち止まってはいけない。自らの意志で、自らの力で前に進むこと。考えなさい。悩みなさい。ただし、立ち止まってはいけない。進みなさい。あなたの願う道を。

私はその声に促されて前に進む。道はある。ただ、私はあまりにも貧弱で、前に進むごとに今にも崩れそうになる。

私は、前に進みながらも自問する。

私には、……この道を歩む資格はあるの?

私には、……成し遂げる資格があるの?

(続く)