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ひぐらしのなく頃に 神落し編

2007/02/04_161844




目次


レナ1

「圭一、とてもよく似合っているのです」

羽ぁちゃんがつぶやく。その言葉を聞いて、圭一くんは憮然とした表情を作る。

「駄目だよ、圭一くん。今日一日だけにしてあげたんだから、ちゃんとカバン持ってね」

学校からの帰り道。梨花ちゃん、羽ぁちゃんと合流して、これからのことを打ち合せるために圭一くんの家に向かうところ。

圭一くんは、この前の裏山の負けの罰ゲームとして、レナの一日メイドさんになっている。

魅ぃちゃんがすっかり乗り気になって、家からわざわざメイドさんの制服を持って来た。とってもおしとやかでかぁいいの~!! 圭一くんはものすごい顔をしたけれど、詩ぃちゃんと魅ぃちゃんがあっというまに圭一くんをメイドさんに仕立てあげた。

「……鏡が無いのは幸いだぜ……」

「いやいや、似合うもんだね。おじさん、驚いちゃうな」魅ぃちゃんが意地悪な笑みを浮かべる。

その言葉に反応して圭一くんが文句を言おうとしたけれど──、圭一くんは途中で止めて、魅ぃちゃんの前に立つとちょこんとお辞儀をした。

「ご学友さま、レナさまのメイドたる私めが、貴方さまの鞄をお運びしましょう」圭一くんの最高の笑顔。圭一くんらしいサッパリとした心地良さもあるけれど、メイドさんらしい思いやりにも溢れた優しい笑顔。魅ぃちゃんはその笑顔を見て顔を真っ赤にする。魅ぃちゃん、かわいい~~

そうかと思うと、圭一くんはガハハと笑い声を上げて魅ぃちゃんのカバンを奪い取る。「ついでだ。みんなのも持ってやるぞ」

「そうなのですの?」「ありがとうなのです。圭一」「おっとこまえ~~。圭ちゃん」

「おう、『パワフルメイドK』と呼んでくれ。羽入は手ブラだな」圭一くんはカバンを両手に持ち、肩下げ鞄を首に引っ掛ける。

「じゃあ、パワフルメイドKさんに、今夜のお夕食もお願いしていいのかな? かな?」

「うっ…………俺が料理できないの知ってるだろ……」

「なんてことでございましょう! まだダメなのですか? 圭一さん」「男といえども料理は身に付けておいた方がいいと思うのです」

「それじゃ、綿流しの後にまた料理合戦やろうかね」いつもの調子に戻った魅ぃちゃんが、忍び笑いしながらつぶやく。「罰ゲームは────監督セレクトのメイド服でみんなに給仕、といったところかね。エンジェルモートで」

「ちょ、ちょ、まった、待った!! そ、それは余りもつらくないか? 負けが半分確定してるようなもんだぜ」

「あらあら、圭一さん。戦う前から負けを認めてしまうのですこと? それじゃぁ、いつまでたってもビリのままでしょうね」

「しょうがないねぇ。じゃぁ、夏休み明けなんかどうだい?」

「僕は、圭一なら大丈夫だと思うのです」「ボクもそう思うのです」

「それまで、お姉とレナさん、梨花ちゃんに順番に教えてもらったらどうです?」

「圭一くん、一緒に頑張ろ?」

圭一くんが追い詰められて目を白黒させている。こうなると、圭一くんはとても強い。

「わかった、わかった。よっしゃぁ! 俺も男だ!! この勝負受けた!!! 詩音、羽入も参加だからな。魅音、レナ、梨花ちゃん、綿流し終わったら特訓に付き合ってくれよ…………沙都子も一緒に特訓な!!」

「ええぇぇ、私も参加ですか?!」「いやいや、楽しそうだね。夏休みも退屈しなさそうだよ」「梨花の師匠として負けるわけにはいかないのです」「わぁ、毎日ご馳走が食べられるのかな? かな?」「えええ!! 羽入って料理できるのかよ?!」「沙都子もがんばらないとなのです」「圭一さんにはぜぇぇぇったい負けないのですわ!!」

圭一くんを中心に熱風が湧き起こる。本当に心地良い風。その風はレナたちの間をすり抜け、雛見沢を駆け抜けていく。去年は訪れなかった新しい息吹。

悟史くんの時は間に合わなかった。あの時のレナたちではダメだった。“雛見沢”という枷に縛られ、“北条”という名に振り回され、レナたちは一歩目を踏み出すことができなかった。そして悟史くんが居なくなり、みんなとても傷付いて、傷口から流れ出た涙の泥水の中をのたうち回って────

でも、今は違う。みんな、とても強くなった。今なら仲間を信じることができる。そして、今なら圭一くんが───しがらみをおそれることなく、仲間のために一歩目を踏み出すことのできる圭一くんがいる。

だから、大丈夫。今年の祟りは起こらない。

圭一くんが、何かに気付いたように視線を上げる。野良仕事の帰りだろうか、向こうからお婆ちゃんとお爺ちゃんが歩いてくる。レナたちを見て、嬉しそうにニコニコしている。それに釣られて、レナたちも、もっとニコニコする。

狭い道を、お互いに譲りながら挨拶する。

「こんにちは」「ちわ~す」「こんにちはなのです」「です」「こんにちわっす」「はい、みなさんこんにちは」「こんちわ~」「梨花ちゃま、オヤシロさまもこんにちは」

お婆ちゃんとお爺ちゃんはレナたちとに挨拶する。レナたちも、お婆ちゃんとお爺ちゃんに挨拶する。お婆ちゃんとお爺ちゃんは、梨花ちゃんと羽ぁちゃんに特に丁寧に挨拶していた。お婆ちゃんとお爺ちゃんにとっても、羽ぁちゃんは昔からずっと雛見沢にいる古馴染で、また同時に崇め奉られるオヤシロさまだった。

「おい、沙都子」不意に圭一くんが話す。

沙都子ちゃんは、所在無さげにみんなの陰に隠れている。「な、なんでございましょう?」

「お前、ちゃんと挨拶したか?」

沙都子ちゃんは答えない。その瞳に暗い陰が宿る。

……レナも、気付いていた。お婆ちゃんとお爺ちゃんは、レナたち一人ひとりに挨拶をしたけれど、ただ沙都子ちゃんとだけは挨拶をしなかった。それどころか、お婆ちゃんとお爺ちゃんは沙都子ちゃんと目線を合わせようともしなかった。まるで、そこに何もないかのように。沙都子ちゃんは挨拶をしようとしたけれど、お婆ちゃんとお爺ちゃんのその態度を見て、言葉を飲み込んでしまった。

圭一くんが、ふぅ、と溜息をつくと、みんなのカバンを下ろして沙都子ちゃんの手を取る。

「じゃ、挨拶に行こう」沙都子ちゃんは踏ん張って抵抗する。「……いいのでございますのよ」「行こう」「お気にしないでくださいまし」「行こう」

「やめてくださいまし!!!」

その声に、お婆ちゃんとお爺ちゃんが立ち止まり、こちらを振りかえる。沙都子ちゃんの瞳に宿る狂気。

「───ほら、みなさんが迷惑していますわ」再び、沙都子ちゃんの瞳が暗い陰に沈む。そのまま、力無く首をうなだれる。「わたくしのことは……かまわないのですよ」

だけれども、圭一くんはやめなかった。圭一くんは沙都子ちゃんに向き合うと、うなだれる沙都子ちゃんの頭にそっと手を乗せる。

圭一くんは、いつもの荒々しい感じではなく、赤ちゃんの頭を撫でるときのように優しく沙都子ちゃんの頭を撫でる。

まるで悟史くんがするように。

「沙都子────沙都子は、いつか言っていたよね? 『わたくしは強くならなくちゃいけないんですの』って」

「……………………そうでございますのよ。わたくしは……いつもにーにーに甘えていたのですわ。わたくしが弱かったから……にーにーはいなくなってしまったのですわ。だから、わたくしは強くならなくてはいけないのですの」

「うん。にーにーはいつも沙都子を守っていた。にーにーは、幼い沙都子がいつか……いつかにーにーの背中に隠れるのをやめて、自分の足で立てるぐらい強くなることを願っているんだよね」

「そうでございますのよ──だからこそ、わたくしは強くならなくてはならないのですわ。雛見沢の方々がわたくしを…………嫌っていたとしても……。

そう、嫌っていたとしても!!

悪口を言っていたとしても!!!

疎んでいたとしても!!!!!

無視しているとしても!!

……意地悪されたとしても……。

…………………………

…………………………

…………………………

…………………………

…………………………にーにーが

いつか、いつかきっとにーにーが戻って来るから、にーにーが帰ってくるから……

……わたくしは強くなって、自分で立たなくてはならないのですわ」

「────────でも」圭一くんが応える。「でも、にーにーが願っていた『強さ』って、どんなのだったのかな? にーにーは、沙都子が言葉を飲み込んで耐えるだけしかしないことを望んでいたのかな?」

「…………」

「にーにーは、沙都子のための居場所を作ろうとした。そうだよね? にーにーは、ただ耐えていたんじゃない。沙都子のために戦っていたんだ」

詩ぃちゃんが、悲しいような、驚いたような眼で圭一くんを見ている。今の圭一くんの仕草に、いなくなってしまった悟史くんの面影を見ているのだろうか。

「にーにーのあの背中は、にーにーが沙都子のために戦って、ようやっと手に入れた居場所だったんだ」

「……そう、なのかもしれませんわ。にーにーは、わたくしのために辛い目にあっていましたのですわ」

「だけど────だけど今、にーにーは力を失って、戦うことができなくなった」

時間が止まったような静寂が続く。レナたちだけではなく、お婆ちゃんとお爺ちゃんも、こちらを振り返ったまま身動きしなかった。

「沙都子は、にーにーのいなくなったこの雛見沢で、ちゃんと地に足をつけて生活している。本当に沙都子は強くなった。にーにーだって誇りにすると思う。『立派になったね、沙都子』と頭を撫でてくれるとおもう」

「…………」

「だから────だからこそ、今度は沙都子が、にーにーのために戦ってほしい」

圭一くんは、沙都子の頭を撫でるのを止め、沙都子の前に手を差し出す。声の調子も、今までの優しいものから、圭一くんらしい無邪気で力強いものに代わる。

「だから……行くぞ、沙都子。俺じゃ悟史の代わりになれないし、なるつもりもねぇが……お前と悟史のために出来るかぎりのことをしたい。悟史に会ったことはねぇが、大事な仲間だ。だから一緒に行こう」

沙都子ちゃんは、まっすぐ圭一くんの瞳を見る。圭一くんも、まっすぐ沙都子ちゃんの瞳を見る。沙都子ちゃんの瞳に少しずつ輝きが戻る。沙都子ちゃんは、差し出した圭一くんの右手に向かって、ゆっくりと……だけど確実に手を差し出している。そして、……二人の手が触れ合う。

いつのまにか、魅ぃちゃんが二人の横に居た。魅ぃちゃんは、腕で涙を拭うと、触れ合う二人の手を重ねてその上から両手で握り締める。

「────本当はあたしが言い出すべきだったんだけど、ごめんね。遅くなって。さあ、一緒に行こう」

沙都子ちゃんは、両手で魅ぃちゃんと圭一くんと手をつなぎながら、お婆ちゃんとお爺ちゃんの所まで歩いていく。沙都子ちゃんは、お婆ちゃんとお爺ちゃんの前に立つと、丁寧に、ゆっくりとおじぎをする。お婆ちゃんとお爺ちゃんは、沙都子ちゃんの前にしゃがみ──ひざまづいて丁寧におじぎをすると、沙都子ちゃんの手を取って握り締める。

詩ぃちゃんが、その光景を黙って眺めている。成り行きを喜んでいるような、腑甲斐なさを悔やんでいるような、そんな表情をして──涙を流さずに泣いていた。

レナは、詩ぃちゃんの横に立つと、精一杯抱き締めた。

「我慢できたね。すごいよ、詩ぃちゃん。詩ぃちゃんが魅ぃちゃんを信じることができたから、魅ぃちゃんは一歩前に進めた。レナにはわかるよ」

詩ぃちゃんが、どこか誇らしげに、どこか寂しそうにつぶやく。

「お姉は意気地無しで臆病なところもあるけれど──本当に仲間思いなんです。やるときはやるんです」

詩ぃちゃんはわかっていた。沙都子ちゃんの手を引くのは詩ぃちゃんではなく、魅ぃちゃんでなくてはならないことを。“園崎”でなくてはならないことを。

お婆ちゃんとお爺ちゃんは、いいえ、雛見沢の住民は、御三家を……“園崎”を恐れている。御三家は雛見沢の大黒柱であり、守り手でもある。……特に御三家の手足を果たす“園崎”に対する恐怖は別格だ。ダム戦争の経験、“北条”に対する仕打ち、園崎組の存在……全てが“園崎”の力を裏付けているように見える。恐怖という鎖が、お婆ちゃんとお爺ちゃんの心を縛る。

詩ぃちゃんでは、この鎖を断ち切ることはできない。詩ぃちゃんは御三家を追い出された存在。しょせんは“園崎”からはみ出た部外者でしかない。

“園崎”の許しがなければ、許すこともできない。

そして、────臆病な魅ぃちゃんは、全てを俯瞰する『鷹の目』を持つからこそ、不用意に闇の中に踏み込むことを恐れる。今回の魅ぃちゃんの一歩を、お魎さんが、御三家が、……そして雛見沢のみんなが……どのように捉えるか解らない。和解の始まりとして受け容れるのか、無視するのか、あるいは…………拒絶するのか。そして、この魅ぃちゃんの一歩が何をもたらすのかが解らない。沙都子ちゃんを雛見沢の仲間として受け容れてくれるのか、何も変らないのか、……あるいは、今の、部活の世界というささやかな幸せすらも失ってしまうのか……。

────前回は幸運だった。とても幸運だった。『叔父さん』という明確な敵がいた。そして圭一くんという尽きることのない強い熱風が吹いていた。雛見沢のみんなを『叔父さん』に向けることができた。向きの揃った矢を束ねるのはとても簡単なことだった。

しかし、今回は違う。魅ぃちゃんも判っているとおもう。魅ぃちゃんも和解のための準備を進めているみたいだけど、まだまだ時間が必要だったのだろう。だから、今もなかなか前に出られなかった。

お婆ちゃんとお爺ちゃんの瞳に涙が浮かぶ。それは安堵の涙だろうか、悔恨の涙だろうか。

この光景を見て思う。

お婆ちゃんも、お爺ちゃんも、……もちろん沙都子ちゃんも、こんなことは望んでいない。だけれども、誰も身動きが取れない。……澱んだ空気が人々を縛っている。こんなに気持ちの良い風の吹く雛見沢なのに。今までは誰も動けなかった。

しかし、……ついに、

「始まっちゃったね」いつのまにか戻って来た魅ぃちゃんが、レナだけに聞こえるように弱々しい声で囁く。そうだね。レナも小さな声で応じる。仕方ないよ。そういうこともあるよ。

魅ぃちゃんの弱気を丁寧にあやす。魅ぃちゃんなら大丈夫。レナたちもいるよ。大丈夫。……でも、立ち止まっちゃダメ。雛見沢に張り巡らされた枷が、レナたちを搦め捕ろうとする。振り切らなくてはならない。

魅ぃちゃんが憑き物の落ちたようなサッパリした顔をして言う。

「そうだね……じゃあ、一気に行くよ!! 今日はみんなも付き合ってね。……沙都子も、最後まで信じてくれるね?」

沙都子ちゃんが、ゆっくりと、しかし力強く頷いた。

(続く)