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ひぐらしのなく頃に 神落し編

2007/03/26_030409




目次


小此木3

「私はこの作戦を中止すべきだと思うんですわ」

俺の意見に反応して受話器の向こうから金切り声が上がる。俺は口を滑らせてしまったのを取り繕おうと、途切れることなく続く非難の言葉の合間に自分の言葉を紛れ込ませる。

「いえ、いえ。…………そんなことは。野村さん。………………ええ、ええ、……………………十分わかっとりますって」

T、──富竹を神社で見失ってから、もう一日になろうとしている。山狗は未だに足取りを掴むことができない。

痛恨のミスだ。

24時間監視にあたり、最も注意すべき存在が富竹だった。そんなことは判っている。任務遂行中の軍人が相手だ。特に富竹は、こんなのどかな田舎町でさえ、尾行と痕跡チェックを欠かさずに行いやがる。

勿論、俺はそのことを重々承知している。だからこそ、富竹のシフトにはベテランを手配した。また、この時間は鷹野もデートと称して富竹の監視を行っているはずだった。真っ当ならば問題は無いはずだった。

しかし、鷹野は富竹を引き留める任務を放棄し、富竹はR──梨花とともに裏山に消えていった。突然の状況変化に、俺たちには為す術もなかった。

『野村』は、俺の忠告を聞こうとせずに、俺たちの犯したこのミスばかりを責める。俺は何とか『野村』をなだめすかせようとするが、内心、腸が煮えくり返る。確かに富竹を見失ったのは俺たちのミスではあるけれど、俺には『野村』がつまらないことにこだわって重要な点を無視しているようにしか思えなかった。

そう、俺は危険な状況に踏み込んでいる。兵士としての俺の勘が警告する。

富竹を見失ったこと。これは単なるミスではなく、状況が大きく変わった証拠なのだ。だからこそ、俺は『野村』に警告しているのだ。

しかし、『野村』は、俺の警告をただの世迷い言としか受け取っていない…………

『野村』は、自分の立てた作戦にケチが付いて苛立っている。全ては俺のミスのせいだと思い込もうとしている。インテリ気取りのプライドの高いこの女は、忠告という“反乱”を許し難く考えているのかもしれない。

受話器の向こうから冷たい声が響く。

『まだ終わったわけではないわ。まずは富竹の捜索を継続しなさい。ただ、無理をして人員を割く必要は無いわ。もし見付からないようならば、それはそれで構わないから』

この言葉は…………嬉しくもあり、辛くもあった。

現状では、富竹の捜索にこれ以上の人員を割くことはできない。雛見沢にいる人員では“終末作戦”を遂行するのが精一杯だ。もし余剰人員を充てろと言われれば、俺は東京から人員を引き抜くしかない。しかし、それはどうしても避けたかった。

俺は東京に送った人員を思い浮かべる。……揉み消し工作の山場は越えた。今なら人員の半分で処理することができる。浮いている人員を雛見沢に戻すのは簡単だ。だが、それはできない。揉み消し工作を隠れ蓑にして、『野村』に秘密で行っている工作──“終末作戦回避工作”──の作業があまりにも順調に進みすぎていた。

そう。“終末作戦回避工作”は順調に進んでいた。情報収集網は何事もなく完成し、『東京』と『野村』の動きを追い続けている。『東京』も『野村』も、そして鷹野もまったく気づく気配がない。そして、俺たちは『東京』に損害を与えるいくつもの爆弾を手に入れた。

そもそも、揉み消し工作の対象そのものが、『東京』にとってとてつもなく危ない爆弾だった。賄賂、裏金、脱税、脅迫、懐柔、証拠隠滅……山狗の係わらない部分でもこれだけのことが起きているとは。『東京』の闇の深さは底知れないものがある。

そして、……この前亡くなった『東京』の古老──小泉──の残した裏帳簿。狂気に憑かれた飼い主を跡形も無く吹き飛ばす特大の爆弾にも、あと少しで手が届くところだった。残る時間は少ないが、何とか間に合いそうだ。

裏帳簿を手に入れれば……飼い主が俺たちを縊り殺す前に、手綱ごと『東京』を吹き飛ばすことができる。俺たちが自衛隊に戻れるかは微妙なところだが、フリーになったとしても、“終末作戦”後の境遇よりはマシだ。関与した証拠さえ残さなければ、フリーになっても買い手を見つけるのに苦労することは無いだろう。そして……俺の山狗ならば、痕跡を残さずに爆弾に火を付けるのは可能だ。

『野村』は、富竹の捜索を強化する必要は無い、と言っている。東京から人員を抜かずにすむ。俺は『野村』に気付かれないように胸を撫でおろす。

同時に、『野村』のこの言葉は、富竹が見付からない場合は代理の生贄──鷹野──を使って“終末作戦”を継続するということを意味する。つまり、俺の意見は否定された、ということだった。

俺は、短くない間沈黙を続けると、絞り出すように言葉を吐き出す。

「……判りました。現状のまま作戦は継続します。富竹を見つけたら報告しますんで」

受話器の向こうから、その答えに満足したような溜息が洩れる。何か励ましの言葉を言っているようだが、俺の耳には入らない。

……結局、俺は『野村』の説得には失敗した、ということだ。現在の状況を説明すれば十分説得できると予想したが、それは甘かったという訳だ…………『野村』の信用を失うなどの失点が無かったのは幸運だった。最終的には、現状維持に落ち着いた。

受話器を置く。

──もう、現状のままでは『野村』説得による作戦中止の線は使えないだろう。

これで、俺たちには『東京』を吹き飛ばす選択肢しか残されなかった。

…………飼い主を裏切ったことのある犬は誰にも信用されない。だから……けっして気付かれてはならない。飼い主にも、関係者にも。何一つ痕跡を残してはならない。

気付かれたときは? とても簡単だ。飼い主に噛み付いた犬は処分される。

……俺は番犬に食い散らかされる山狗を想像してゾッとした。俺は頭を振るい、そのおぞましい想像を捨てる。

俺は大きく深呼吸する。

いよいよだ。あと数日で全てが終わる。

全てが上手く行くように……俺は誰ともなく祈る。この悪魔の狂気から、山狗が無事に抜け出せることを。

(続く)