ひぐらしのなく頃に 神落し編
2007/08/15_211317魅音2
長老たちはこの状況を待っていたのか。私は今さらながら気が付いた。
「最近調子わるいんでなぁ。このまま失礼させてもらうんね」
婆っちゃがそういうと、母さんは車椅子を押して部屋の中に入ってくる。婆っちゃは私の方を見ようとしない。代わりに母さんが視線で私を縫い付けようとする。
喉が乾く。身体が硬ばる。私は皆に気付かれないように、ゆっくりと深呼吸する……が、効果は薄い。
「ありゃ、なんか忙しいんかい? 何なら終わるまでのんびりさせてもらうけど?」
と母さん。なぜか持って回った言い方をする。
老人たちの間から沸き起るざわめき。内容は良く聞き取れないが、この話題から離れられることを喜んでいる声が多いように感じる。機先を制しないと無理矢理終わりにさせられてしまうだろう。
私は婆っちゃと母さんに状況を説明しようとするが、村長の方が先に発言しはじめた。
マズい。何とか割り込まないと…………と思ったが、何か勝手が違う。
「いやね、お魎さん。魅音ちゃんたちがね、相談したいことがある、ということで話を聞いているところなんだよね。──ちょうどいい。お魎さんも聞くかい?」
長老たちは戸惑いを隠せずに成り行きを見ている。終わると思っていた話題を村長が続けようとしている。やはりそれは長老たちの考えていなかったことのようだ。
「なんじゃぁ。みなでコソコソやりよってちゃぁ。もちっと待っとりゃええものを」
村長の下座の長老が場所を譲ると、婆っちゃと母さんがそのままそこに入る。長老たちは順繰りに移動し、輪が一回り大きくなる。長老も少し横に移動した関係で、正座する私の正面に婆っちゃが、その横に母さんと村長が居る形になっている。
婆っちゃが私たちを見回し────沙都子を確認すると突然叫び始める。
「なんじゃあ!!!なんで北条の糞餓鬼がここにおるん!!この罰当たりもんがぁ!!」
反射的に首を竦めそうになる。
怖い、怖い、怖い! 怖い!! 怖い!!! ────怖い!!!! 婆っちゃに対する恐怖は骨の芯まで染み付いているのだ。心が掻き乱され、頭を引っ掛きまわされて考えることができない。怖い、怖い、怖い! 怖い!! 怖い!!! ────でも、ここで崩れるわけにはいかない。
何とか平静を保ちながら、さらに暴言を続けようとする婆っちゃに割り込もうとする。
「沙都子のことでお話しがあります。わ 「北条の罰当りもんと話すことなんぞないわ!!ケガらわしっ!!!なに言っとるんじゃあ!!!!」
婆っちゃの罵詈雑言を受けながら…………私は普段とは違う違和感を感じていた。
普段の私ならば身を投げ出して謝り続けているだろう。理不尽であっても不合理であっても関係ない。臆病者の私にできることなんてそんなことぐらいしかないのだから。
しかし、今回は違う。横には私を頼りにしてくれる沙都子がいる。沙都子は変わらずに正座をしておじぎをしている。とても小さく儚げな姿。もし、私が全てを投げ出して逃げ出したとすれば、沙都子はどうすれば良いというのだ? 雛見沢の住民だけではなく、信頼している仲間からも見捨てられたとしたら……その深い絶望など想像したくもない。
しかし、今回は違う。後ろには頼りになる仲間たちが私を支えてくれる。仲間たちが、毅然とした態度で構えていることを背中に感じる。その上で、私を信頼して事の成り行きを見守っている。その視線はとても暖く……そして厳しい。大事な仲間の前でみっともないことなんかできるはずもない。
そして、今回は違った。私は婆っちゃの叫び声の中に怒りではなく、狂気を感じる。
なぜ?
「なにぎゃあぎゃあ言うんな、くだらんわ!!! この大事な段取りに、なんちゅうもん持ってくるん!? このバぁタレが!!!!」
怒っているのではない……恐れている?
「魅音さんのおばあさん。わたくしがあの人のおこなったことを謝りますのですわ。わ 「だあほ!! 調子に乗りおって!! 何を言うん!!!」
婆っちゃが沙都子を怒鳴りつける。しかし、けっして沙都子を見ようとしない。
婆っちゃは沙都子を恐れている? なぜ??
…………そうか、沙都子を恐れているのではなく……穢れ……『祟り』を恐れているのか。ストン、と腑に落ちる。
そう思うと、婆っちゃの昔の行動にも納得の行くものを感じる。かつてあれだけ熱心に『オヤシロさまの祟り』を調べていたのも──そして急に調査を止めてしまったのも、『祟り』を恐れていたからなのだろう。
さらに罵詈雑言を続けようとする婆っちゃを、鋭い声で刺し殺す。
「当主!!そんなに『祟り』が恐ろしいの!?──園崎家当主ともあろうお方が!!! なんとみっともない」芝居がかった口調で言う。あえて当主という言葉を使う。少しヒステリックに聞こえたのかもしれないとも思ったが、何にせよ婆っちゃの口を止めることができた。「詫びを入れようとしている相手を罵るのが園崎家の礼なのですか? ありもしない『祟り』を恐れて」
「なんば言うよっとかすったらん!!! だあっと聞いとん、くだらんわ!!! おい、茜ぇ、帰るぞ!!!!」
その言葉を引き止める。
「それは──当主代行に任せるということですね?」
婆っちゃが深い闇の色をした瞳を私に向ける。その視線に刺し貫かれて、私は身動き取れなくなる。鼓動が早く強くなる。顔が火照り頭に血が上る。
怖い、怖い、怖い──。
「なぁん?」
「この件を、園崎家当主代行である私に全て任せるということですね。『北条家』の詫び入れの件を」
婆っちゃが何の表情も見せずに私を睨み付ける。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い
肩は震え、声を出すのもままならない。婆っちゃもたぶん気付いているだろう。私の臆病の虫が顕れてきていることを。だけど──このまま引き下がるわけには、逃げ出すわけにはいかない。
逆に、婆っちゃは顔色一つ変えずにじっとしている。まるで……灯り一つ無い闇を見ているようだ。
「魅音よぅ。そりゃあ、どないっちゅうことが? 『園崎』が『北条』に肩入れする、ちゅうことがぁ??」
私は、何とか最低限の部分だけ腹から絞り出す。みっともないほどに震えた声。
「──────私が────沙都子を──悟史を──助ける、ということです」
婆っちゃの顔に、再び狂気の色が浮んで来たような気がした。──鬼の顔、という言葉が心に浮かぶ。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。そのまま心を鷲掴みに喰われてしまいそうな、生きたまま粉々にすり潰されそうな──怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
無限に続く時間の中、私と婆っちゃは睨み合う。身動き一つ取れない。
言葉を継ごうとするが、もう一言も出て来ない。
婆っちゃも、何も語らずに身動き一つしない。
──長い時間がたった。
──いや、本当は少しだけの時間だったかもしれない。
「くだらねぇ」
背後から声がする。
「つまらねえ話ばかりしやがって」
圭ちゃんが立ち上がる。そのまま、腹に響く声で語り始める。
「『北条』だの『園崎』だの、『ダム戦争』だのっ、『祟り』だのっっ、つまんねえことをグダグダぐだぐだいつまでも引っ張ってんじゃねえっっっ!!!」
婆っちゃが圭ちゃんを睨み付ける。しかし、圭ちゃんはそれを真っ向から受けて怯まない。
「沙都子の両親が死守同盟と敵対して雛見沢の恨みを買っていることは知っている。沙都子の父親が園崎家に暴言を吐いたこともな。だから、それがどうしたっていうんだっ!!」
圭ちゃんは右手で空気を薙ぎ払う。
「 くだらねぇっ!!! 直接関わったわけじゃない沙都子が一歩身を引いて謝ろう、やり直そうとしているじゃねえかっ。なぜ素直に受け取ろうとしねえんだっ!! 俺はこの雛見沢に来て、みんなに優しくしてもらって、すぐにみんなの仲間になれて嬉しかった。とても嬉しかった!!! 俺みたいなつまらない人間がすぐに雛見沢に馴染めるとは思わなかった!! とても嬉しかった!!! なのに何でそれが沙都子じゃいけねえんだ!!!」
ダン、と圭ちゃんが一歩踏み締める。
「5年前から綿流しの日に死者が出ていることも知っている。皆が『オヤシロさまの祟り』と呼んでいることも、『北条家』の、沙都子の両親、叔母、悟史が巻き込まれていることも知っている。それがどうしたっていうんだっ!!!」
長老たちを射竦めながら、圭ちゃんは言葉を続ける。
「『オヤシロさまの祟り』?? 馬鹿馬鹿しい。雛見沢の住民どもは何を見て来たんだ?? オヤシロさまは、鬼でさえ許して仲間にしたんじゃねぇかよっ!! そんな優しい神様が、終わった『ダム戦争』を呪って『祟り』なんて起こすわけねぇだろっっ!! そんなことも判ってやれないのかよ!! ここの連中は!!!」
圭ちゃんはもう一度婆っちゃを睨み付ける。
「沙都子が『穢れている』だぁ? どの口がそんなことを言いやがるっ!! 沙都子を穢しているのはアンたらの心だっ!!! アンたらの疑心暗鬼に塗れた心が、沙都子を生贄に仕立てあげて安心したいだけじゃねえかっ!!!! 沙都子は穢れてなんていねえっ!!! それはカビの生えたアンたらの偏狭な脳味噌の幻覚じゃねえかっ!!!」
拳を固く握り締める。
「『北条家の人間は呪われている』だぁ?? くだらねえ!! くだらねえ!!!! くだらねえ!!!!!! 沙都子は『北条家』じゃねえ!!! こんな小さな肩に何を負わせようとしやがるんだ!!! 沙都子は『沙都子』だ!!! ジジババどもの都合を押し付けるんじゃねぇっ!!!!」
圭ちゃんの言葉がそこで切れる。柱時計の音だけが、静かに刻を刻む。
沙都子が弱々しい声で呟く。クスン、クスンと、言葉を涙で切りながら。
「──わたくし、『北条』なんて名前はいりませんのですわ。──みんなと仲良く暮らせるのなら……にーにーと……一緒にいられるのなら……雛見沢にいられるのなら…………『北条』なんて名前はいりませんのですわ」
再び静寂。
短くて、長い静寂。
「私が、沙都子を、悟史を、助けます」私は繰り返し言う。「私がです」
負けられない。
「それは、どういうことだい? 魅音」
今まで沈黙を守っていた母さんが、とても冷たい声でそう言う。その言葉は、私が必死に抑え付けている臆病の虫を抉り出そうとしている。
しかし、負けるわけにはいかない。
「私は、『北条家』……いえ、『沙都子』の覚悟を受け容れます」私は母さんを睨み返す。それはとても怖かった──けれど、もう怖くなかった。「沙都子は私の仲間です。かけがえのない仲間なのです。──沙都子に敵対するものは、私の敵です。それが誰であったとしても」
私はゆっくりと息を吸う。今までの自分からは信じられないほど凪いだ心。背中には仲間の力を感じる。この戦いに負けるわけにはいかない。脇に沙都子の温もりを感じる。この温もりを失うわけにはいかない。
「そう、」私はゆっくりと立ち上がる。「たとえそれが──園崎家当主であったとしても。私たちに敵対するのならば、私は必ず敵を打ち倒します」驚くほど緩やかな身体。今ならば全てのものに手が届くような気がした。
私は長老たちを見る。
長老たちは私と目を合わせようとしない。長老たちは何も変わらない。長老たちは何も変えられない。年寄りにはもう残された時間が無い。だから私を肯定も否定もできない。
「そう、」私は言葉を続ける。「たとえそれが──雛見沢全てであったとしても。私たちに敵対するのならば、私は必ず敵を打ち倒します」誰も私の言葉を遮ることができない。
私は再び婆っちゃを見る。
今の婆っちゃは、──信じられないほど小さな、とても弱々しげな老人でしかなかった。恐怖に囚われて身動きの取れなくなった、可哀想な年寄りでしかなかった。
「そう、」私は言葉を続ける。「たとえそれが──『祟り』であったとしても。私たちに敵対するのならば、私は必ず敵を打ち倒します」
今の婆っちゃは、ただの年寄りでしかなかった。私の全てを飲み込もうとしていた眼光も、今は虚ろなきらめきでしかなかった。
母さんが婆っちゃに耳打ちする。婆っちゃは身動き一つ取らない。石のように固まったままだった。──しかし、この沈黙も、長くは続かなかった。
「よぉうわかった」
婆っちゃが、とても弱々しく寂しげな声でそうつぶやいた。
「おんしらの覚悟…………見してもらおかいな」
その言葉は、どこからともなく伝わってきた風鈴の音で締めくくられた。
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