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ひぐらしのなく頃に 神落し編

2007/08/18_005827




目次


沙都子2

「さて、準備ができたようだね」

園崎さんのお母さんがそう言います。

わずかな時間しかたっていませんでしたが、家の回りの木はすっかり切りたおされてしまいました。園崎の組の方が、家の回りに倒した木の枝を並べ、その上に油をまいています。わたくしたちは家から少し離れた所にいます。そして、玄関前からわたくしのところまで木の枝と油の道ができています。

詩音さん、魅音さん、梨花、レナさん、圭一さん、羽入。部活のメンバーもわたくしと一緒です。

そして、園崎さんのお母さん、園崎さんのおばあさんも一緒です。園崎の組の方々も一緒です。

わたくしたちからさらに離れたところに、いつのまにか雛見沢の方々が集まっています。みんな、心配そうな顔をしています。

園崎さんのお母さんが、わたくしに向かって言います。とても遠くまで通る、不思議な声でした。

「北条沙都子。あなたとあなたの兄の悟史は、『北条』として生きるのではなく、雛見沢の一員として生きること、そのために『北条』の名前を棄てることを約束しました。────園崎はその言葉を受け容れたいと考えています」

園崎さんのお母さんが、そこでいちど言葉を切ります。

わたくしの背後からざわめきが聞こえます。しかし、そのざわめきはいつもの悪意ではなく、雛見沢の方々の驚いたようすが伝わってきます。

「その証しとして、沙都子。あなたは自らの手で『北条』と関わりのあるものを棄てなさい。あなたの自らの手で『北条』の家を燃やし、その証しとしなさい」

わたくしは、園崎の組の方から松明を渡されました。激しく燃える松明は、とても熱く、重たいものでした。

わたくしは、今は遠くになってしまった家を見ました。頭の中に色々なものがわきだしてきます。

手がふるえます。

足がふるえます。

今にも松明を落としそうになります。

にーにー──にーにー、助けてくださいまし、にーにー。にーにー………………

………………わかっています。にーにーはわたくしを助けるために、雛見沢からいなくなってしまいました。だからこそ、わたくしは雛見沢にいられるのです。

にーにーは、もう、わたくしを助けることはできません。できないのです。

わたくしは松明を握りなおします。

こんどは、わたくしがにーにーの居場所を作るのです。この雛見沢に。

ゆっくりと、目の前の枝に松明を近付けます。松明の炎が枝に移り、するするといえの玄関に伸びていきます。炎は玄関に吸い込まれ、──やがて玄関全体が炎に包まれます。

玄関の炎は壁に伝わます。

壁の炎は屋根に伝わります。

そして家全体に伝わります。

家が炎で揺らぎます。昼のお日さまにも負けない熱気がわたくしを焼きつけます。『北条』が燃えています。わたくしの昔が燃えています。

わたくしの後ろ。

部活メンバーのみんなではありません。

わたくしの後ろ。いつもの後ろ。

いつも──ひとりの時もわたくしの後を追いかけてくる2つの足音が、わたくしの後ろからします。

いつもは、わたくしが歩いている時だけする足音が、今──わたくしが立ちどまっている今、聞こえてきます。

……ぺた…………ぺた…………ぺた…………ぺた…………

2つの足音は、ついにわたくしを追い抜き、そのまま玄関に向かいます。

……ぺた…………ぺた…………ぺた…………ぺた…………ぺた

小さくて聞こえないはずの足音が、遠くて聞こえないはずの玄関で止まるのを、わたくしは聞きました。

玄関は、ごうごうと燃えさかる炎に包まれています。誰も、そんなところに行けるはずはありませんでした。しかし、わたくしは遠くて見えないはずの玄関に、2人の人影を見ました。

「お母さん」

わたくしは誰にも聞こえない声でつぶやきます。玄関には、お母さんと、北条のお父さんがいました。2人はとてもにこにこしていました。わたくしは、その2人の顔をどこかで見たことがあります。わたくしが小さいころ。そう、わたくしが小さいころ。

わたくしが小さいころ。

わたくしは、車の中にいました。小さなわたくしは、不釣り合いに大きな帽子を持てあましながら車から出ました。わたくしの心は憎しみと狂気と、恐怖で掻き乱されています。わたくしは、激しい動悸に体をフラつかせながら展望台への階段を上ります。階段の段差は小さなわたくしにはあまりにも高く、上りきったところでわたくしは尻もちをついてしまいます。

わたくしの心は空っぽでした。激しく掻き乱されのたうちまわっているにもかかわらず、わたくしの心は空っぽでした。空はどこまでも青く、雲はどこまでも白く、山はどこまでも緑で、────そして、2人はそれらを背景に、どこかさみしげで、どこかかなしげな笑顔をしていました。

突然、階段から強い風が吹きました。強い風は、わたくしから帽子を奪い取りました。優しいときのお母さんが買ってくれた、わたくしのお気に入りだった帽子。

帽子は、すうっ、と2人の方に流されていきます。そして、2人の近くまで行くとゆっくりになって、蝶のようにフワフワと舞いました。

お母さんが手を伸ばします。しかし届きません。柵に寄り掛かります。まだ届きません。もっと手を伸ばします。まだ届きません。北条のお父さんが母さんに手を伸ばします。まだ届きません。柵が崩れます。────もう届きません。

2人はバランスを崩し、展望台から渓流へと落ちていきます。

展望台から見えなくなるとき、わたくしは、お母さん、北条のお父さんと視線が合います。

お母さんと北条のお父さんは、一瞬驚いたような顔をして、すぐに笑顔になりました。ほんの一瞬しか見えませんでいたが、とてもにこにこしていました。とても。

とても。

「──お父さん」

わたくしは、再び誰にも聞こえない声でつぶやきます。わたくしにはもう、2人の顔が見えませんでした。2人の顔だけではなく、『北条』の家も、赤い色に滲んでいます。

──お父さんとお母さんは、炎とともに上っていきます。わたくしは、お父さん、お母さんとお別れをしなくてはならないのです。

──わたくしは、

お別れを。

わたくしは、赤んぼうのように大きな声を上げて泣きました。

わたくしは、最後までお母さんと北条のお父さんを信じることができませんでした。──しかし、お父さんとお母さんは、最期までわたくしを信じていました。

最期にわたくしが展望台にいるのを見つけると、お父さんとお母さんはとても嬉しそうに笑いました。最後まで笑っていました。最期まで。

わたくしは、赤んぼうのように泣き続けました。

園崎のおばあさんが、わたくしの横に立っていました。園崎のおばあさんは、その小さい手をポン、とわたくしの頭に載せました。わたくしは泣き続けました。

「よう果たした。────苦労かけたな」

園崎のおばあさんが頭を撫でる。わたくしは泣きながらも、言葉を繋げます。

「──わたくしにも…………わかったので……ございますわ。あの人たち……お父さん、……お母さんは、…………あのひとたちなりに…わたくしたちのことを、…………大事にしてくれていたのですわ。……………………とても下手だったかもしれませんけど」

園崎のおばあさんの頭を撫でる手が止まります。────そして、再びゆっくりとやさしくわたくしの頭を撫でました。

「……そうなんかもしれんなぁ」

わたくしは泣き止みました。泣き止まなくてはならないのです。わたくしも、大事にされることが下手でした。相手のことを考えることが下手でした。だからこそ──わたくしはお父さんとお母さんのことを信頼することができませんでした。だからこそ──わたくしは家族を──失うことになったのです。

わたくしは、──強くならなくてはなりません。

園崎のお母さんが宣言します。

「これで、『沙都子』『悟史』の証しとします。両人は、『北条』の名を棄てました。もはや、両人は『北条』ではありません」

どこまでも通る不思議な声でそう言います。

「そして」

園崎のお母さんが、一度言葉を区切ります。

「そして────園崎は『沙都子』、及び『悟史』を一族に迎えることで、これまで両人に行ってきたことに対する詫びとしたい。────沙都子、この詫びを受け取ってくれないかい?」

わたくしは、その言葉の意味を理解しました。わたくしとにーにーは、『園崎悟史』『園崎沙都子』になるということです。

────わたくしは、雛見沢に根付かなくてはいけません。しっかりと雛見沢に足を付けて生活しなくてはいけません。ですので、わたくしはこの提案を受け容れなくてはなりません。

「わかりましたのですわ。わたくしはこのお話をありがたくいただきたいと考えていますのですわ。────ただ、わたくしは、これからも梨花と一緒に暮らしますのですわ。園崎さんがこれからの大事な家族になるのと同じように────梨花はわたくしの古くからの大事な家族なのですわ」

わたくしは、そういうと梨花の方を向きます。

梨花はとてもにこにこした顔をしています。

わたくしも、とてもにこにこした顔で応えます。

そして────梨花は、にこにこしたままの顔で、そのまま崩れるように倒れます。

「…………梨花?」

わたくしにはわかりませんでした。わたくしは、梨花に近寄ります。

「梨花?──梨花? 梨花ぁ!!? どうしたの? 梨花ぁっっっっ!!!!!!!!」

しかし、梨花はこたえてくれませんでした。

(続く)