ホーム 編集 SikiWiki

ひぐらしのなく頃に 神落し編

2007/08/25_162545




目次


梨花2

ボクの身体が火照る。

定まらない視界。

止まらない動悸。

ボクは、自分が何をしているのか……立っているのか、座っているのかすら──わからない。

右の手を包む冷たい温もり。

ボクは首を巡らして右の方を見る。

そこには──沙都子──沙都子の頭がある。

うつぶせに眠る沙都子。

ボクも、──沙都子と同じように眠っている……のだろうか。

左腕に巻き付く点滴のチューブ。

身体を縛り付ける電極コード。

白い壁。白いベッド。

ここは…………入江診療所────なのか。

身体に力が入らない。

意識がはっきりしない。

心が掻き回される。…………………………………………………

…………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………そうなのか。

………………そうなのだ。

ボクはまとまらない意識で考える。

連日の作業。少ない休息。

ボクは気付かないうちに、ボクの知らないうちに、身体をすりへらしていたのかもしれない。

そして、壊れた。

そうだ。壊れたのだ。

このタイミングで…………………………このタイミングで。

もう時間がないのに。

時間がないのに。

時間がない。

ボクは立ち上がろうとしたが──やはりダメだった。

身体を巡る鈍い痛みが、ボクの思考を切り裂こうとする。

まだやる事がある。だが、……身体が動かない。

ここは入江診療所──敵の活動拠点。多分、ボクがここに運び込まれたために、敵味方入り混じる混沌の地になっているのだろう。さらに何人か仲間がいる気配がする。計画を一時中断して、ボクのために側に居てくれているのかもしれない。少なくとも沙都子はここにいる。

この、最後の詰めのタイミングで。

ボクは泣きたくなった。

ボクがみんなの足を引っ張っている。その思いはボクの心を締めあげる。

…………やはり、鷹野を助けようなどと考えるべきではなかったのだ。

そんな余裕などボクには無かったのだ。──何という愚かな考え。

これは、惨劇に復讐を果そうと思い上がったボクに対する罰なのだろうか。

ボクは泣きたくなった。

泣いてしまおうとと考えた。

────しかし、ボクには泣く時間は残されていなかった。

いつのまにか現れた人影。ベットの横の、点滴の近くに立つ人影。

それは、私服姿の鷹野だった。

黒くてツヤのない服を着て、病室の闇に溶け込んでいる。

感情の抜け落ちた表情に張り付いた、どこまでも赤い瞳。

鷹野は、点滴の途中の太くなっている部分をもてあそぶ。

ベッドで苦しむボクを見ると、ポケットから注射器を取り出した。

───それは────ボクは感じた。ボクの命をもてあそぶ鬼。

それは────富竹のための薬なのだろう。いつも綿流しの晩に、誰もいない道路の片隅で見えない暴漢と戦い、倒れ、────喉を掻きむしって死んだ富竹の。

鬼が、……音も立てずに点滴と注射器をもてあそぶ。口元に嗤いを浮かべる。

いけない。

いけない。

だめだ。

だめだ。

だめだ。

湧き上がる吐き気。頭を締めつけるような痛み。

だめだ。

だめだ。

だめだ。

ボクは右手を動かす。吐き気も痛みも抑えつけて。だめだ。だめだ。だめだ。このまま敗けるわけにはいかない。沙都子の手を離す。──もう、二度とこの温もりに触れることがないのではないか────突然襲い掛かる孤独感。ボクはその予感を振りはらう。

ボクは、──鷹野に気付かれないように、左手の針を抜き取る。身体を巡る痛みに、左肘の裏のじんじんした痛みが加わる。

鷹野は点滴から目を離し、ボクの顔を覗き込む。

突然、鷹野の顔から嗤いが消える。

気付かれた。ボクは自分の身体を縛る全てを忘れ、ベッドから跳ね起きようとする。

──────だが、一瞬遅かった。

脇腹を襲う鋭い痛み。鷹野の身体を弾き飛ばす感触。

ボクはベッド脇に転がり落ち、立ち上がる。体中から沸き起こる鈍い痛み。

再び襲う脇腹の鋭い痛み。

ボクは左手で脇腹を探る。

再び鋭い痛み。

ボクは──────ていねいにそれを────────注射器を引き抜いた。

奥までピストンが押し込まれた注射器。ボクの手から滑り落ちる。カラン、と冷たい音を立てて落ちる。

鷹野は、その音を聞いて再び声を立てずに嗤う。その嗤いは少しずつ闇に融けていき…………消えた。

動悸が早くなる。

息が苦しくなる。

だんだんと、自分が────自分でなくなっていくのがわかる。狂気が、鬼が、ボクを喰らい続ける。

終わった。

終わった。

終わった。

全てが終わった。

「梨花、梨花ぁ!! どうしたのでございますの、梨花ぁぁぁ!!」

沙都子が電灯のスィッチを求めて壁伝いに歩く。

詩音が扉を開ける。

終わった。

終わった。

終わった。

だが、ここにいるわけにはいかない。

逃げる。

逃げる。

逃げる。

ボクはここにいてはならない。

明るくなる前に、ボクは窓に手をかける。

明るくなる前に、ボクは窓のカギを外す。

明るくなる前に、ボクは窓を開ける。

明るくなる前に、ボクは窓から飛び降りる。

闇の中に落ちる。

地面の感触。

もう、ボクは立っているのか座っているのか。

倒れているのか判らない。

背後が明るく。

とても、痛い。

ボクは走る。

沙都子らしい声がする。

もう、ボクには判らなかった。

(続く)