ひぐらしのなく頃に 神落し編
2010/01/06_023021沙都子3
かすかに光の気配を感じました。
あたりはまだ真っ暗ですが、間も無く夜が明けようとしています。
くらやみにつつまれた裏山を小さな手灯りだけで走りまわったせいか、手足がすりきずだらけになっています。わたくしは暑苦しさにがまんができなくなり、頭にかぶった黒髪をはずします。そのしなやかな黒髪は、本当に梨花の黒髪にそっくりです。
「梨花は…………大丈夫でございましょうか……」
つい、口にだしてつぶやきます。そうつぶやいてから、わたくしは自分のバカさかげんに気付きます。────ここには山狗というおそろしい暗殺部隊がひそんでいるのです。
わたくしの役目は梨花に化けて山狗をこの裏山に引き付けることです。……そして、もし梨花が裏山にやってくるようならば、山狗よりも先に梨花をつかまえなくてはなりません。
わたくしはあたりを見まわします。息をころしてうごめく山狗たちの気配を感じますが、まだここまでは来ていないようです。わたくしはもういちど黒髪をかぶりなおします。
けっきょく、梨花は裏山には来なかったようです。梨花は、どこに逃げこもうとしているのでしょうか。わたくしは自分の右手を見ます。まだ、自分の手に梨花のぬくもりが残っているような感じがします。しかし、そのぬくもりも、あとしばらくすれば無くなってしまうでしょう。わたくしは、それが二度と手に入れることのできないぬくもりのように感じました。
ぼやける視界を右腕でぬぐうと立ち上がります。長い時間留まりすぎたようです。わたくしは場所を移動することにしました。
しかし
わたくしは動くことができませんでした。
「沙都子……ちゃん?」
背後から、とても強い臭いがします。その臭いが、わたくしの背後をおおいつくし、さらにはわたくしを押し潰そうとします。わたくしは、むりやり膝の力を抜くと、倒れるようにしながら前に転がりこみます。
頭のすぐ上を丸太のようなものが通り過ぎます。わたくしは転がるいきおいをそのままに木の裏に走りこみます。
からだを支えようと突き出した左手に生あたたかい感触が伝わります。そこには、動かなくなった大人──たぶん山狗でしょう──がいました。
「僕を邪魔する悪い奴等には、少し大人しくなってもらったのさ。これでゆっくり話ができるよ。────沙都子ちゃん」
見上げると、そこには富竹さんがいました。しかし、わたくしにはそれが富竹さんだと思うことができませんでした。それは、何か──人の形をした何か別のもののように感じました。
「……お、に────」
その何かの口元が大きく──おぞましくゆがみます。
「鬼、とは酷いなぁ。沙都子、ちゃん。何を──そんなに怖がっているんだい? もう、沙都子ちゃんを脅かす悪い大人たちはいないのに」
わたくしは少しずつ、富竹さんの姿をした何かに気付かれないようにしながら少しずつ姿勢を変えていきます。膝のタメを作り、足場を固め、タイミングを……今!!
しかし
それもダメでした。
目の前に富竹さんらしき顔が現れます。わたくしは不意に現れたその顔にたちすくみます。
「逃げようと──しないで、教えて欲しいな。この……雛見沢で、一体何が起きているんだい? …………鷹野さんは、どうしたのか知っているかな?」
わたくしは絞り出すようにして返事をします。
「知りません……ですわ。わたくしは、梨花を探しているだけのことですのよ」
「梨花──ちゃん、かい?」なまぐさい息がわたくしをなめまわします。「梨花、ちゃん、か。僕も会わなかったな。この近くにはいないようだね」
その何かはわたくしから顔を離すと、遠くの方──鬼ヶ淵の方を向きます。
「そう、だね。僕も、梨花ちゃんに聞きたいことがあるんだ」歪んだ笑みが、狂気に染まります。「なぜ僕に、鷹野さんに、こんな意地悪をするのか教えて貰わないとね」
その邪悪な笑み。梨花を八つ裂きにして喰らいつくそうとする鬼の姿。それだけは……許されないのです。
わたくしは、鬼の足元を走り抜けると同時に、近くに仕掛けたトラップを発動します。仕掛けから解放されて振り子のように振れる丸太。丸太は狙った通りに鬼をなぎはらいます。
いえ
なぎはらおうとしただけでした。
丸太は鬼にぶつかると、大きな鈍い音を立てて不自然に止まります。丸太の向こうから怒りに歪む鬼の形相があらわれます。
「沙都子、ちゃんも、こんなイタズラをしようとするのかい? 意地悪は……いけないな」
わたくしは富竹さんだった何かに背をそむけると、鬼ヶ淵に……梨花がいるという鬼ヶ淵に向けて走り出します。
この鬼を梨花に会わせてはいけません。この鬼は梨花に危害を加えようとしています。それは何としても防がなくてはなりません。しかし、わたくしにはこの鬼を止めることができません。
「どうすれはよろしいのでございましょうか──?」
わたくしにはわかりませんでした。
(続く)
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